第13話

当然の事なんだけど、昼休みより放課後の方が図書委員としての仕事は多い。


 貸し出しや返却の受け付けはもちろんだけど、うちの図書室は新聞も取り扱ってるから、夕刊が届けられる時間を見計らって正門の横にあるポストまで取りに行かなくちゃいけないし、返却された本の片付けだってある。その上、「新刊が来たから貼るのを手伝って」と司書の先生から透明のフィルムシートを渡された時は、もうそれを窓から放り投げてやろうかと思った。


 それらを何とかこなしていって、ふと気が付けば、もう十七時五十分を過ぎていた。図書室の中にはあたしたち以外誰もいなくなってるし、あと十分で帰れると思っていたら、あまりきれいとは言えない雑巾を持った岡本君が私のすぐ横に立っていた。


「安藤、掃除しよう」

「え?」

「机と窓の拭き掃除。それで終わりだから」


 さっきまであんなにしょぼくれてたくせに、もうすっかり忘れてしまったみたいに雑巾を渡してくる。もし、岡本君の態度が何も変わらないままだったら、たぶん雑巾なんて触りもしなかったと思うけど、あたしの手は差し出されてたそれを簡単に受け取ってしまっていた。


 岡本君が左端の机の方へ移動したから、あたしは逆の方から拭いていく。案外、図書室っていたずら書きの宝庫だ。机のあちこちにも大小様々かつ下らない落書きが残されている。


 中には油性のマジックで書いてるものまであったから、雑巾に力を入れてこすり落としていく。ガタガタと机の揺れる音が図書室の中に響く。また「うるさい」とか言われるかと思ったけど、岡本君は特に何も言ってこなかった。


 そうこうしている間に十八時になって、司書の先生から「お疲れ様」と声をかけられた。


「二人とも、気をつけて帰ってね」

「はい。失礼します」


 雑巾を片付けてきた岡本君は、司書の先生にぺこりと頭を下げた後、何の未練もなさそうに図書室を出ていく。あたしには、何の挨拶もなかった。


 何あれ、と思いながらぱたりと閉まった図書室のドアを見つめていたら、「安藤さん、だったっけ?」と司書の先生がいきなり話しかけてきた。


「さっき、ちょっと聞こえてきちゃったんだけど。もしかして、岡本君とケンカでもしてた?」

「……いえ、そんなつもりないですけど」


 話が長引くと面倒になると思って、あたしはそんなふうに答える。でも、少し間を置いたのか悪かったのか、司書の先生はあんまりごまかされてくれた感を見せないまま、「誤解しないであげてね」と返してきた。


「岡本君、誰に対してもあんな感じで話すけど、でも悪い子じゃないのよ? ちょっと不器用なだけで」

「……」

「それとね、本が大好きな子なの。だから、図書委員の仕事も真面目にやってくれて助かってる」

「はあ……」

「よかったら、仲良くしてあげてね」


 先生って、本当に大変な仕事なんだな。生徒同士のちょっとしたトラブルにもいちいち口出ししなくちゃいけないなんて。ほっといてくれていいのに。


 あたしは特に「分かりました」とかの返事もしないまま、図書室を後にした。

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