第11話

「へえ、それで結局会話なしだったんだ?」

「会話どころか、目も合わせたくないんだけど」


 六時間目が終了した後の、掃除の時間。もうこの後は部活しかないからって、美琴はトイレの中でさっさとジャージに着替えてる。多分その下は例のタンクトップを着てるんだろうけど、手に持っているのはあたしと同じで教室用の床ほうきなんだから、ちょっとちぐはぐしてておもしろかった。


「もう何もかもが合わないって感じ」


 さっきからあたしの口から出てくるのは、岡本君に対する文句ばかり。さっきも昼休み終了のチャイムが鳴った時、やっと三冊の補修を終わらせたあたしをちらりと見るなり、ぽつりとこう言ったんだ。「遅い」って。


「『そんなペースじゃ、いつまでたっても終わりっこないだろ』だってさ! 何なの、本当あいつ!!」


 文句を言うだけじゃ足らなくて、あたしは足元に散らばっている砂粒のチリをほうきの先で乱暴に掻き集める。ガシガシガシッとほうきが床を叩くように滑っていく様子を、美琴は苦笑しながら眺めていた。


「全ての人と仲良くなれるとか、そんな事思ってないけどさ」


 あたしのほうきを動かす手と、文句を連ねる言葉は止まらない。ますますヒートアップしていった。


「あそこまで価値感が合わない奴と会ったの初めて! あんなのと一年間同じカウンター当番だなんて、あたしって今年厄年だったっけ!?」

「あらら、そこまで言っちゃう?」

「言っちゃう‼」

「まあまあ。今度の大会の帰りに、前に智夏が欲しいとか言ってた汐の限定グッズ買ってきてあげるから。それを楽しみに放課後も我慢しなさいよ」


 そう言って、美琴は教壇の横に立てかけておいたちり取りに向かって歩いていく。それを何となく目で追っていたら、黒板の上にかかっている時計が視界の端に映ってしまった。あと三十分もしないうちに、放課後の当番が始まっちゃう……。


「あ、あの全身フォトのクリアファイルだからね!? しかもAタイプの奴!」


 美琴の背中に向かってそう叫ぶ。確か、陸上部の次の大会って来週の日曜だったよね? うん、だったらまだ間に合うはず。


 「OK♪」と肩越しに振り返りながら快く言ってくれた美琴に感謝しながら、あたしは放課後への覚悟を決めた。

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