第10話

「いつから来てたか知らないけど、ほらこの通り。誰もいないじゃん。そんな図書室ではりきってカウンター当番なんて……」


 ドサリ。そんな重そうな物音が、あたしの言葉を遮る。見れば、岡本君がカウンターの上に何冊もの本をどんどん積み上げていってるところだった。


「誰も来なくたって、僕達には仕事がある」


 無表情、そんでもって淡々と岡本君は本のタワーを三つ作り上げた。


「まずはこれらの補修ほしゅうだ」

「ほ、補修!?」

「そう。破られてたり落書きがされてたり……僕達で直せるだけ直すんだ。無理な物は司書の先生に任せるとして」

「それこそ、全部任せとけばいいじゃん!」

「何の為に僕達がいると思ってるんだよ?」


 そう言って、岡本君はまたじろりとあたしをにらみつけてきた。ちょっと、本気で言ってるの? こんなたくさんの本、昼休みだけで終わるはずないじゃん。まさかとは思うけど……。


「放課後も作業すれば問題ないだろ」


 何をバカな事言ってんだとばかりに、岡本君の言葉があたしを追い詰める。嘘でしょ、あり得ない。


 呆然としているあたしを横目に、岡本君はさっさとカウンターの中の椅子に座って積み上げたタワーから本を一冊取る。そして本から一切目を逸らさずに「始めるよ、安藤」と言ってきた。何、勝手に呼び捨てにしてくれてんの? って言葉はあたしの口から出てきてくれなかった。







 本の補修、そんな一言だけで済むほど作業は全然楽じゃなかった。


 消しゴムをかけて、後はセロハンテープ貼るだけでしょなんて軽く考えていたけど、思っていたより傷みの激しい物ばかりがタワーとなって詰まれてる。


 例えば今、あたしが持っているこれ。タイトルは『この歴史がおもしろい!シリーズ 戦国時代の武将達②』って奴なんだけど、そんなに古い訳でもないのに二十三ページ目がちぎれて外れかかっているし、三十四ページ目にある織田信長の肖像画の写真には定番の落書き。後は何ページ目かなんて数えるのも面倒くさくなるくらい、あちこちに女の口からは言えないようないやらしい言葉が書き込まれてあった。


 落書きや言葉に関しては全部シャーペンで書き込まれてあったから、カウンターの中に備え付けられてた新品の消しゴムをゆっくりとかけていく。最初に力を入れて使っていたら、隣から「もっと優しく、ていねいに」と注意された。


「それから、破れてる所はきっちりと少しのズレもなく貼るんだ。ページの順番も間違えないように」

「……」

「直すのが厳しいと思ったら、一度僕に回して。チェックした上で先生達に回すから」

「はいはい」


 適当に返事をしてやる。本当ならどれもこれも無理ですとか言って、全部回してやりたかった。


 誰も来ない静まり返った図書室のカウンター、その隣の席で黙々と手慣れた様子で本をきれいに直していく岡本君がただただ憎らしい。結局、あたしはこの昼休みで三冊くらいしかノルマをこなす事ができなかった。

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