第5話

お目当てのページを目指してペラペラとめくっていたら、換気の為か少し開いている窓の向こうからピピーッと甲高いホイッスルの音が聞こえてきた。


 反射的にそっちを向いてみれば、校舎からちょっと離れたグラウンドが丸見えになっていて、いろんな体育会系の部活が放課後の練習をしていた。そんな中でもやっぱり一番目立つのは陸上部で、グラウンドの四分の一を陣取って走り込みなんかしてる。当然、美琴もタンクトップ姿で走ってた。


 ほんのちょっと前まで一緒に教室にいたし、結局お昼のお弁当の玉子焼きは一個取られちゃうし、何なら朝なんてさんざんからかわれた。なのに、今グラウンドでホイッスルに合わせて何回もダッシュしている美琴は、まるで別人みたい。地球征服に来た宇宙人か何かと入れ替わっちゃったんじゃないかって、バカっぽい妄想が一つできるくらいにはそう見える。


 でも、ものすごくきれいなフォームで走るなぁ。短パンの下から伸びてる両足もいい感じに日焼けしてて小麦色じゃん。


 あれでもう少し背が高かったら、もしかしたら汐みたいにモデルとかできたんじゃないかなと思った瞬間だった。


「うるさい」


 ふいに、すぐ近くからそんな不満そうな声が聞こえてきたと思ったら、目の前の窓がぴしゃりと勢いよくしまった。びっくりして窓から自分の横の方に視線を向けてみたら、そこには窓枠を掴んでいる岡本君の姿があって、グラウンドをうっとうしそうに眺めていた。


「ちょっと、何すんの」


 当然、あたしは一気に不機嫌になった。窓の向こうからいい感じの春の空気が流れてきてて、それに当たりながら親友の頑張ってる姿を気持ちよく眺めていたっていうのに。


 椅子に座ったまま文句を言ったあたしを、岡本君は平然とした様子で見下ろしている。そして、一度あたしと窓を交互に見た後で、もう一度「うるさい」と言った。


「……うるさいって。別にあたし、何も騒いでないじゃん」

「君じゃない。外がうるさいんだ」


 岡本君の視線が、窓の外へと向いた。外がって……まさか、グラウンドの事? え、何それ。ありえなくない?


 少しずつ他の図書委員の人達が集まってくる中、あたしは信じられない思いで岡本君を見つめる。無口で不愛想なだけじゃなくて、こんな自己チューでもあったって訳?


「だからって閉めなくてもいいんじゃない?」


 あたしは言った。


「うるさいって言うほどうるさくないし、そもそも換気とかの理由で開いてたかもしんないじゃん。それを勝手に」

「集中できない」

「……はぁ?」

「うるさくて本に集中できない。それに換気なら、エアコンがあるだろ?」


 淡々とそう返してきた岡本君の手の中には、さっきの本――『古代文明における生成過程とその深淵』がまだあった。それだけなら、まだよかったんだけど。


「ずいぶんつまんなそうなもの読んでんだね」


 あたしが机の上に広げていた『Tiina』に気が付いた岡本君は、その表紙をじいっと見つめた後でそんな事を言ってきた。あたしの頭に一気に血が昇るのは、当然と言えば当然で。


「あんたさ、何様のつもり!?」


 ムカつく、ムカつく、ムカつく! 許されるんなら思いっきりビンタしてやりたい。仲良くなりたかった訳じゃないけど、何で初めての会話がこんな感じになんなきゃいけない訳!?


 もっと言ってやりたくて、椅子から勢いをつけて立ち上がる。だけどそれとほぼ同時に、図書委員会の顧問の先生が入ってきて、「ミーティング始めるわよ、学年とクラス順に並んでちょうだい」なんて言うもんだから、まるで何事もなかったように私の側から離れていく岡本君の背中をにらみつける事しかできなかった。

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