第11話



「…あ、君が新人の方ですか?初めまして、僕は神薙ハデスといいます。分かんない事があったら、遠慮なく何でも聞いて下さいね♪」


 この町の深夜間に行われる道路補修工事に初めて参加する事になったアルバイト青年は、朗らかな笑みと腰の低さ加減を併せ持ってそう挨拶してきた先輩の姿を見た瞬間、思わず「…え?」と短い声を出してしまっていた。


 つい一時間ほどまで仮眠を取っていたから、まだ寝ぼけているのだろうかと、何度も瞬きを繰り返した上、ゴシゴシと両目をこする。そして、もう一度目の前にいる長身の男を見上げた。


 青年と同じ作業着とヘルメット姿であるというのに、銀色の長髪にギラギラと輝く瞳、そして口元から覗く二本の牙が半端ない違和感を醸し出している。日本人どころか、人間っぽくも見えなかった。


 え、何こいつ。ちょっとヤバくね…?


 青年が本能的にそう思った時、二人の隣を通り抜けようとした屈強な体格の現場監督が、彼のそんな思考を遮るかのような野太い声を発した。


「おい、新入り。そいつの見た目の事であんまり考え込むなよ。心配すんな、ただのヴァンパイアなんだから」

「はぁ?ちょっ…ヴァンパイアって!?」


 あまりにも有名なモンスターの類の名前に面食らい、青年は監督と男の顔を交互に見やる。監督は背中越しに手をひらひらと揺らし、「大丈夫、大丈夫」などと言いながら重機の方へと向かっていった。


 男は何故かちょっと照れくさそうな苦笑いを浮かべながら、その手に持っていたジュース缶をそっと青年に差し出してきた。


「これ、お近づきの印にどうぞ。僕の一番のオススメだし、人間の健康にもすごくいいんで」


 青年はつい反射的に受け取り、缶の外装を見つめる。そこには『熊本産濃厚トマトジュース』と単純明快な商品名が記されてあった。


「ど、どうも…」


 若干顔が引きつりながらも青年が礼を述べると、男はさらに照れくさそうに破顔して、「これからよろしく!」などと言ってくる。そんな彼に、青年はまだ自己紹介をしていなかった事を思い出して、軽く頭を下げながら言った。


「平本亮平(ひらもとりょうへい)っす、こっちこそよろしく…ところで、えっとハデスさん?」

「はい?」

「俺の気のせいだったら悪いんですけど。あんた、何かニンニク臭くねえっすか…?」


 亮平のその言葉を聞いた途端、その男の顔から冷や汗が大量に噴き出してきた。そして、何秒も間を空けないうちに「い~~やぁ~~~~~!」と叫びながら、その場でピョンピョンと飛び跳ね始めた。


「言わないで下さいよ、平本さん!一生懸命考えないようにしてたのに!!せっかく大牙君が作ってくれたごはんだったから、頑張って食べてきたんですよ!ああ、でもやっぱりニンニクはダメだ~~~~!」


 よく見ると、男――ハデスの首元はブツブツとじんましんのようなものが出てきている。


 それをとても痒そうに掻いている彼の姿を見て、亮平はもうさっきまでのヤバさを微塵も感じず、ププッと小さく笑ってしまっていた。

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