第10話
写真立ての中には、一人のシスターが写っている古い写真が収められていた。
とても品がよさげな、若くて美しいシスターだ。一冊の分厚い聖書と銀の十字架を持っている彼女は、カメラに目線を合わせて、儚いほどに優しげな微笑みを浮かべている。
まさに聖女と呼ぶにふさわしいそのシスターの姿に、大牙は思わず小さな息をつき、ちょっと穏やかな気持ちになる。
それに気付いた男はぴたりと泣き止み、すぐにへらへらとだらしない笑みを浮かべた。
「大牙君。また真梨絵さんの写真見てるの?真梨絵さん、本っ当にきれいだよね♪」
ピキッ…!
男の言葉に、せっかく落ち着きそうになっていた気持ちがメラメラと再燃する。新しく刻もうと手にしていたニンニクを、大牙は力いっぱい握りしめた。
「いや~…真梨絵さんはこれまで僕が見てきた中で、一番きれいな女性だったな。こんな僕の事、最終的には受け入れてくれてさ。外見だけでなく、心まできれいな女性なんて、真梨絵さん以外は誰も…むぐむぐ~っ!?」
男がベラベラと話をしている間に、ほんのわずかな足音も立てずに大牙がすうっと近づいてきていた。そして、右手に持っていた生のニンニクを何の躊躇もなく男の口の中に押し込むと、彼は再び涙目になった挙げ句に、椅子ごと床にひっくり返った。
「むがが~っ!ニンニクが目と鼻と喉にしみる~~~っ!」
ゴロゴロと床を転げ回ったおかげでロープの繋ぎ目がほどけ、男の身体は自由を取り戻す。だが、ニンニクの独特な臭気が彼の身体をこれでもかとばかりに刺激しているので、自由がどうのこうのと言ってる余裕はなかった。
そんな男をひどく冷たい目で見下ろしながら、大牙が言った。
「真祖のクソヴァンパイアが母さんを語るなっつーの!どんな手でたぶらかしたか知らねえけど、そのせいで母さんは死んだんだし、俺だって…」
「げほげほっ…た、たぶらかしてなんかないよ、大牙君。僕は真梨絵さんの言う通り、きちんと正規の手続きを取って闇の住人を辞めたんだから!あと何年かすれば、人間界の永住許可書も下りるし、そしたら人間みたいにきちんとした戸籍もゲットして、大牙君のパパとしてもっと頑張れるから…!」
「これ以上頑張んな!かえって迷惑だ!!見ろよ、今の俺を!」
いつの間にか、大牙の姿が変わっていた。先ほど、清水さんに告白しようとした時と同じく、猛禽類のごとき金色の瞳に、口元からはにょきっと生えた二本の牙…。
男が思わず「あ、牙が生えちゃってる…」と焦ったような声を出す。その途端、大牙はひどく情けない気分になって台所から飛び出した。
「あ、大牙君!晩ごはんは!?」
自室に向かおうとする大牙の背中の向こうで、男の声が聞こえてくる。大牙は大声で「いるか、バカ!」と怒鳴り返して、そのまま自室に入った。
部屋に入ってすぐ、カーテンが開けっぱなしの窓に映る自分の姿が目に留まる。
誰がどう見ても、普通ではないこの姿…。
大牙はヤケクソ気味にカーテンを閉めると、早く元の姿に戻れるようにと両頬をバシバシと叩き始めた。
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