第9話
トントントントン、トントントントン…。
教会の横に寄り添うように建てられている平凡な一軒家。そこの台所から、小気味よいほどに軽やかで巧みな包丁さばきの音が聞こえてくる。
実によく整頓されていて、清潔感に溢れている近代的な造りの台所に立っているのは、大牙だった。着替えてきた私服の上に、フリルの付いた真っ白いエプロンを着けている彼は、ものすごい形相でまな板の上にある大量のニンニクを切り刻んでいる。
包丁の刃先で細かく切り、なおかつ叩き潰していく度に、ニンニクの独特の匂いがぷ~んと空気中を伝っていく。
それが台所のすぐ横にある食卓にまで次々流れ込んでいくと、断続的に「うぅ~…おえ~…」と何とも下品な呻き声が聞こえてきた。
「大牙く~ん…もう勘弁してよぉ。僕が悪かったからさぁ…」
食卓の真ん中にある大きめの机といくつかある椅子。その椅子の一つに、先ほどの銀髪の男が上半身と両腕をロープでがんじがらめに縛り付けられていた。
普通のロープだったら、その男の能力をもってすれば難なくほどくなり引きちぎるなりできるのだが、如何せん使用されているのは、聖水に一晩しっかり浸けられていたものだ。
いつの間にこんなものを用意していたのかと、男は大牙の用意周到さに感心しつつ、まだ何とか自由のきく両足を小さな子供のようにバタバタと動かしながら抗議をし始めた。
「ねえ、大牙君。僕はもうすぐお仕事に行かなきゃいけないし、おなかも空いたんだよ。だから、そろそろこのロープほどいてよぉ~」
「安心しろ、もうすぐ晩メシできるから。メニューは…」
「ガーリックステーキに、ガーリックバターパスタでしょ!その豆乳スープにだって、隠し味にニンニク入れてるのを僕はしっかり見てるんだからね!」
「餃子にしなかっただけありがたく思え!」
「い~や~だ~!処女の血が欲しいなんて言わないから、せめて熊本県産の塩トマトで作った濃厚トマトジュースにして~~!」
とうとう、うわあ~んと泣き出してしまった男だが、大牙の心がそれで折れる事はない。この男のこんな子供みたいな言動は今に始まった事ではないし、それこそ一回や二回どころの話でもない。
男がわあわあと泣き喚くたびにちらちらと見える、二本の尖った牙。それが本当にいらだたしくて、大牙はもう何度目になるか分からない「うるせえ!」を口にした後、台所のカウンターに飾られている一つの写真立てに目を移した。
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