第5話

彼女の瞳の中の男子の姿は、充分なほどの異様さを放っていた。


 まずは、彼の両目。瞳孔は一本線のように細く縦長に狭まっているが、夜空に浮かぶ満月よりもまばゆい金色の眼光を放っていて、まるで捕えた獲物を今にも食わんとする猛禽類の目だ。


 加えて、満面の笑みを作り出していたはずの口元からは、これまた大きな牙が二本、しっかりと「こんにちは」している。とても「これ、八重歯だから」とごまかせるような長さと鋭さではなかった。


「し、しみず…」


 男子の口から、くぐもった声が出る。ああ、くそ。牙が出てるとしゃべりづらいんだよ!


 だが、そのくぐもった彼の声がさらに恐怖を煽る結果となってしまったのか。それまで硬直していた女子の身体がブルりと震えたかと思うと、次の瞬間、彼女は大きく息を吸い込んで、


「キャ…!」


 と、あたりに響き渡るような悲鳴をあげようとした…が。


「ごめん、しみず!」


 うまく発音できない声で何とか謝罪の言葉を述べると、男子は唇をすぼめて、彼女の顔に「ふう~ん!」と大きな息を吹きかけた。


 突然の事に、女子は反射的に目を閉じ、思わず顔をそむける。だが、彼が吹きかけてきた息を鼻から吸い込んだ瞬間、とたんにぽけ~っと呆けたような表情になり、逃げる事なくその場に立ち尽くした。


(い、今のうちに…!)


 女子に背中を向けて、男子は己の顔を二度三度と強く両手で叩く。早く落ちつけ、俺!清水が気が付く前に、早く元に戻れ!と何度も頭の中で繰り返しながら…。






 時間にして、一~二分くらいだろうか。


 ハッと我に返った女子が、自分に背中を向けている男子の姿にきょとんとしながら声をかけてきた。


「えっと…神薙君?」

「…ん?ど、どうした清水?」


 ゆっくりと振り返った男子の目は普通の瞳に戻っているし、その口からも牙ははみ出ていなかった。


 女子は先ほどのおびえた様子など微塵も見せずに、不思議そうにこう尋ねた。


「私、どうしてたんだっけ?」

「何言ってんだよ、清水。もうすぐ始まる文化祭の準備で遅くなって、そこまで一緒に帰ろうって言ってただろ?」

「…あはっ、そうだったね。ごめんごめん、何ボケちゃってんだろ私」


 アハハと屈託なく笑う彼女の姿を見ながら、男子は心の中で泣いていた。


 ああ、これで記念すべき九十九回目の失恋になったと…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る