第一章 青春に牙とトマトジュースは必要ない

第4話

周囲の木々の葉が色濃く変わっていこうとする秋の夜。ひゅうっと、少しだけ冷たい風が街灯もまばらな夜道を歩く一組の高校生の男女の間を通り抜けた。


 それと同時に、やや小柄な体格の女子の肩が一度小刻みに揺れる。そして、間を空けずにゆっくりと隣を歩いている男子の顔を潤んだ瞳で見上げてきた。


「寒くなってきちゃったね。もうちょっと…そっちに寄ってもいい?」


 遠慮気味な声でそう言いつつも、女子の身体はあっという間に隣の彼の片腕にぴたりとくっつく。そして、ゆるゆるとした動きでその片腕に自分の両手を巻き付かせてきた。


 男子は、己の鼓動がとてつもなく速くなっていくのを感じずにはいられなかった。


 期待と緊張がちょうどいい具合に混じり合っていき、彼の呼吸を少しずつ乱していく。それを悟られたくなくて、彼は高鳴る胸元にそうっと空いたもう一つの手を添えた。


(…お、落ち着け落ち着け。これだよ。今、この時こそ、俺が待ちに待ち続けていた絶好のシチュエーションじゃないか!『お守り』だってつけてるし、今日こそは絶対大丈夫なはずだ!)


 男子は、目だけを動かして自分達の周囲を確認した。


 夕食時のせいか、周りには誰もいない。街灯は少ないが、夜空に浮かぶ満月のおぼろげな光が、この先の展開に花を添えてくれるように二人を照らしていた。


「神薙(かんなぎ)君」


 女子の、ぽつりとした声が男子の名前を呼ぶ。ドキリとして彼が見つめ返すと、彼女は決意を固めた表情を見せていた。


「私、神薙君が好き。神薙君の、彼女になりたい…!」

「清水…」


 男子の鼓動がさらに速くなった。彼女に先に言われてしまった事への焦りと、同じ気持ちを抱いていたんだという嬉しさで。


 ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ…!


(お、落ち着け!落ち着け俺…!)


 自分に何度もそう言い聞かすが、男子の呼吸はさらに荒くなっていく。


 何やってんだよ、清水が俺の答えを待っているっていうのに。せっかくの両思いなんだから、ここはスマートに「俺もお前が好きだ」って言って、清水のきれいな笑顔を見るんだ…!


 男子は彼女の方をさらに見つめ返した。


 鼓動は高鳴り続けていたが、これからの二人にとって最高の返事をするべく、彼はゆっくりと口元から満面の笑みを作り上げていく。


 だが、それに対して、女子の顔は告白をした緊張の面持ちから、徐々に恐怖に引きつったものへと変わっていく。


 彼女の瞳に映った自分の姿を見た瞬間、男子は「しまった!」と後悔したが、もう遅かった。

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