第116話
それから受験までの数か月間は、圭太と一緒に勉強する事が多くなった。
二年前まではあいつに会う為に一人通っていた図書室も、今では圭太と二人で行く事が当たり前のようになっている。あいつの鼻歌が聞こえてこない図書室はしんと静まり返っていて、例題を解き間違えた俺と、そこをていねいに解き直してみせる圭太のひそひそ声の方がよほどやかましいくらいだった。
「ほら、この公式をこう当てはめれば…意外と簡単だろ?」
「あ、ほんとだ。サンキュな」
そうやって、ちょっとずつ賢くなっていった俺は、問題集を解きつつも、あいつがいつも立っていた『音楽・楽譜コーナー』の本棚へとよく目を向ける。
だが、もう誰も利用する事がないのか、場所が奥まっているという事もあって、そこは何となく薄暗くてもの悲しかった。まるで主を失った廃墟のようで、あいつが見たらどう思うだろうかと何故かムダな心配をしてしまっていた。
あいつは今、どうしているだろう…。
次の日曜日。俺は圭太に連れられて、おじさんが入院している病院へ足を運んだ。
俺の両腕には、玄関を出る際に父さんや母さんから持たされた大きい風呂敷包みのずしりとした重みが乗っかっている。余計な心配をかけさせたくないという心遣いだとは思うが、圭太がぎりぎりまで話をしなかった事で、二人の驚きようはすさまじいものがあった。
「圭太君、そんな大事な事をどうしてもっと早く言ってくれなかったの!?」
「もう家族ぐるみの付き合いなんだ、頼ってくれないなんて水臭いだろう?」
そう言って、母さんはおばさんの手伝いをしたり、父さんは少しでも励みや気晴らしになればと、おじさんの元へ将棋や囲碁をしに出かける事が多くなった。こんな両親の元に生まれてきて、俺は本当に恵まれていると思った。
初めてお見舞いに行くという事もあって、病室に入るまでの俺は少なからず緊張していた。
どんな顔をしているかは分からないが、俺の中のおじさんはいつもひょうきんでお調子者で、ギャンブルの話になると口が止まらないくせに、おばさんとの口ゲンカには一度も勝ったためしがなくって、でも心根は優しくていい人で――。
もし、そんな面影が残っていないくらい弱っていたらどうしようかと、緊張の他に不安まで上乗せされていき、俺は息苦しくなりながらも圭太に続いて病室に入っていった、というのに。
「よし、行け!差せ差せ差せ差せ!!」
おじさんは、おじさんのまんまだった。
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