第117話

おじさんは、相部屋の向かって左奥のベッドの上に上半身を起こして座っていたが、左手には手のひらサイズのゴムボール、右手には古びたミニラジオを握りしめていた。


 同室の患者さんに気を遣っているつもりなのか、そのミニラジオの角からイヤホンのコードが伸びていてそれがおじさんの片耳まで繋がってはいるが、さっきからなかなかの大声で差せ差せ言っているので、まるで意味がない。


 おばさんの姿が見えない事で状況を察したのか、圭太がふうっと大きなため息をついた後でおじさんのすぐ側まで早足で向かった。


「お父さん、垣谷君が来たよ!」


 圭太も少し大きな声でそう告げると、おじさんはやっと俺達に気が付いた。そして、ちょっとバツが悪そうに頭をポリポリとかきながら、耳のイヤホンを外した。


「や、やあ俊一君。お見舞いに来てくれたんだ、ありがとう」

「いえ、そんな。あっ、これどうぞ」


 俺は抱え込んでいた風呂敷包みを、備え付けのチェストの上にどかりと置いた。そのまま中身を広げてみれば、大ぶりのリンゴと梨が三個ずつと一つ一つの実がやたらと長いバナナが一房入ったバスケットが現れる。どうりで重かった訳だ。


 思わずふうっと息をつくと、おじさんがあっはははと愉快そうに笑うのが背中越しに聞こえてきた。


「いやいや、ごめんよ俊一君。フルーツが山盛り欲しいって、ご両親についこぼしちゃったんだ。なんせうちのが面倒くさがって買ってくれないからよ」

「よく言うよ。ミキサーにかけてミックスジュースにしてこいなんて面倒くさい事言ってくるからじゃないか」

「だぁ~!余計な事言うな、圭太っ。別にいいだろ、母ちゃんのミックスジュースは世界一なんだからよ~!」


 よく目を凝らしてみれば、おじさんの耳は余すところなく真っ赤になっていた。


 一度だけしか飲んだ事がないが、確かにおばさんの手作りミックスジュースはうまい。砂糖や牛乳、フルーツの配分も完璧な上、仕上げにしっかりと裏ごししてくれるからえぐみの一つもない。


 おばさんが上機嫌の時にしか作ってくれないその特別なミックスジュースは、今のオジサン曰くリハビリをこなす為の重要エネルギーなんだそうだ。


 ギャンブルに勝つ為のゲン担ぎじゃないのと圭太に突っ込まれていたけど、また耳が真っ赤になっていたから、おじさんは本当に分かりやすいなと思って、俺は心底安心する事ができた。

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