第115話

「父さんが入院する事になったんだ」


 俺が腰を下ろしたと同時に、圭太がとんでもない事を口走った。想像もしていなかった発言に、俺の身体は固まってしまった。


「え…?」

「あ、言っておくけど、そんなに重病って訳じゃないからね。ちょっとした長期入院が必要になるだけ」


 そう前置きしてから、圭太は説明を始めた。


 事の起こりは、新年度が始まった直後。仕事中、おじさんが急にめまいを起こして倒れてしまった。


 とはいっても、救急車に乗って病院で的確な治療を受けたとたん、すぐにケロッと元気になって出てきたばかりか、その足で景気づけにと馬券を買いに行ったという。だから最初は圭太も気付かずにいたそうで。


 ところが、そのめまいの頻度や間隔は月日が過ぎるごとにどんどん多くなっていって、とうとう圭太の目の前で倒れた。その時はもう手足にしびれが入って、けいれんもひどかったという。


 すぐに病院に搬送されたおじさんは、嫌々ながらも精密検査を受けた。その結果、神経系の病気にかかっている事が判明した。


「命に関わる病気じゃないんだけど、少し麻痺が残るって。もちろんリハビリ次第で、たいぶ元の状態に近い所まで回復するらしいんだけど」


 そこまで圭太が話し終えたところで、俺は理解する事ができた。


 長く入院してリハビリをしなきゃいけないなら、当面、おじさんとおばさんは『満腹軒』に戻ってこれない。圭太は優しい奴だから、きっと費用が高くつく進学校に行くよりはと考えたのだろう。それどころか、高校には行かずに働くとか言い出しそうだ。


 まさかそんなつもりじゃないだろうなと問いただしてみれば、圭太は「まさか」と首を横に振った。


「一瞬そんな事も考えたけど、すぐにやめたよ。母さんに殺されちゃう」

「ま、まあな」

「言っとくけど、二人には言わないでよ?特に父さんには」

「…分かってるよ、そういう事なら」


 俺は、自分が恥ずかしくなった。


 もしかしたら、と思ったんだ。圭太が「高校は、同じクラスになれたらいいね」なんて言うから、もしかしたらその為にわざと成績落としたんじゃないかって。


 圭太が側にいてくれるおかげで、俺は自分の頭の中の不具合によって起こる面倒事を軽減できたり回避する事ができてる。本当にいい友達だと思うあまり、頼り切ってる面だってある。


 だけどそのせいで、圭太の進路や将来が狭まるのは我慢できなかった。だからイラついたし、圭太だからこそすぐさまそれをぶつける事ができた。


 でも、事情が事情だ。これ以上は俺が口出しする事じゃないし、また圭太と一緒に同じ学校に通えるんだと思うようにすれば…。


「心配しないでよ、垣谷君」


 いつの間にかうつむき加減になっていた俺に、圭太が言った。


「そもそも、父さんの事がなくても、最初から志望校は変えるつもりだったから」

「え…?」

「この町から離れたくないんだよ、僕は」


 何で、とまでは話さなかった。鈍い俺は、どうして圭太がこの町にこだわったのか数年先まで分からなかった。

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