第114話

「…どういう事か説明しろよ」


 『満腹軒』に立ち寄ったのは、一週間ぶりくらいだった。


 足を向けなかった理由は特にない。たまたま、いつもより少し帰りが遅くなったから今日は寄らないでおこうとか、今日は中華の気分じゃないからとか、そんな些細な事ばかりだ。


 それなのに、暖簾の下をくぐって『満腹軒』の中に入ってみれば、いつも活気づいていた店の中はしんと静まり返っていて、客の一人もいないどころか電気一つ点いていなかった。


 調理場に、おじさんとおばさんはいなかった。いつも俺を優しく出迎えてくれる声も、犬も食わないケンカの声も聞こえてこなかった。


 圭太は、それがまるで何でもない事のように店の中を通り過ぎ、俺を自分の部屋へと招き入れた。そして、いつものように「コーラ持ってこようか?」なんて言うもんだから、俺は部屋へと一歩足を入れたと同時にさっきの言葉を投げかけた。


「説明って?何の?」

「全部だよ、全部」


 何だか、圭太の返事がとぼけようとしているかのように聞こえて、無性にイラッとした。


 これまでずっと、お互いに隠し事はなしで友達をやってきた。少なくとも、俺はそう思っていた(実際には、知らずにいただけなんだけど)。


 だからこそ、圭太が俺に隠し事をしようとしているのがたまらなく嫌だったし、我慢できなかった。相手の顔色を窺う事なんてできない俺は、すぐにそのイライラを圭太にぶつけた。


「いいから、さっさと話せよ!」


 俺は、持っていた学生カバンを床に叩き付けた。バァン!と案外ひどく響いた物音が、圭太の両肩を反射的に震わせる。だが、俺はそんな事お構いなしだった。


「わざと成績落として志望校変えるって何だよ」


 俺は声を低くして言った。


「その事、おじさんやおばさん知ってんのか?」

「まだ話してない。ていうか、話す気ない。これが僕の成績だって言って、そのまま受験するつもりだし」

「は?何をバカ言ってんだよ」

「そうだよ。バカのふりをするんだ」


 圭太が淡々と答える。初めて、圭太の事がよく分からなくなった。


「落ち着きなよ、垣谷君。まあ座って」


 そう言って、圭太はすとんと床に腰を下ろす。俺と違って、圭太はずいぶんとあっさりしているというか、とにかく冷静だった。

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