第113話

ある日の放課後の事だった。


 この日、俺のクラスのホームルームがほんの少しだけ早く終わったので、俺は隣のクラスの前の廊下で圭太が出てくるのを待っていた。


 圭太は誰から見ても模範的で規則正しいクラス委員をしっかりとこなしているようだった。ホームルーム終了のチャイムが鳴ったと同時に、教室の方から「起立、礼!」ときびきびした口調の声が聞こえてくる。圭太らしいなと思って、思わず口の端が少しだけ上を向いた。


 それから何拍か間を置いて、教室から一斉に制服を着たのっぺらぼう達が溢れ出てきた。部活に行くのっぺらぼうはやたら早足で、どこか寄り道をするであろうのっぺらぼうは比較的ゆっくりと歩を進めている。


 そいつらの中から黄色い防犯ワッペンを見つける事ができなかった俺は、まだ教室にいるのだろうかと思いながら、大多数ののっぺらぼうがいなくなったそこをドア越しに覗き込んだ。


 すると、教壇を挟んで二人ののっぺらぼうが向かい合わせに立っているのが見えた。一人は古めかしいリクルートスーツを着た女ののっぺらぼう、もう一人は防犯ワッペンを右腕に着けていた。


「桐生君、もう一度よく考えてみない?」


 やたらと真剣な口調で、リクルートスーツののっぺらぼうが口を開いた。


「桐生君の本来の成績なら、もっと上の高校を目指せるのよ?ほら、特にここなんか奨学金制度もあるし、親御さんに遠慮してるのなら…」


 …ん?何の話だ?奨学金制度?おじさん達に遠慮って、どういう意味だよ?


「…別に、それだけが理由じゃないんで。あの、友達が待ってるんで、もういいですか?」


 のっぺらぼうの話に、圭太はひどく興味なさげな声色で返事を返す。そして、俺が教室のドアの所に突っ立っている事に目ざとく気付くと、教壇に背を向けてこちらに来ようとした。


「ちょっと、そんなのダメよ桐生君!」


 それでも、のっぺらぼうはしつこく食い下がった。


「どうしてわざと成績を落としてまで、志望校を変えちゃうのっ。後で後悔しても遅いのよ!?」

「絶対に後悔しません」


 圭太は全く振り返る事なく、俺の方を向いたままで答えた。


「後悔しない為に、志望校を変えてるんで」


 力強くそう言った圭太。でも、俺は腑に落ちなかった。


 わざと成績を落とした…?じゃあ、この間の実力テストの結果は…。


 俺は、何だか胸の奥からもやもやしたものを感じながら、こっちにやってくる圭太を出迎えた。


「お待たせ、垣谷君。今日、うちに寄ってくでしょ?」


 圭太はいつもと同じように、俺を誘ってきてくれた。

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