第110話

「…え?」


 案の定、あいつは心底不思議そうな声を出して、小首をかしげるような仕草を見せた。


 それもそうだ。いきなりこんな事を言われたら、誰だって似たり寄ったりの反応をするに違いない。だが、俺はそんな事は一向に構わず「マジか?」と言ってやった。


「誰でも知ってる話だぞ?」

「だって私、楽譜と歌詞以外は全然読まないもの」


 分かりやすいくらい、あいつの声の機嫌が悪くなっていく。それに対して、圭太が俺の肩をそっと掴みながら「どうしたの?」と耳打ちをしてきた。


「垣谷君、いきなり何言って」

「のっぺらぼうの話だよ」


 圭太の耳打ちなんか軽く無視して、俺はあいつの方を向いたままでそう言い直してやった。その瞬間、圭太の息を飲む音が耳元で大きく聞こえてきて、俺の肩を掴んだ手の力が若干強まったのを感じた。


「ちょっ、垣谷君…!」


 声色から、圭太が焦り出したのがよく分かった。


 圭太が焦るのも無理はないかもしれない。これまで、俺の頭の中の不具合の事を何の知識もない奴に説明したところで、「はぁ…」と生返事を返されるか、「それって単なる物覚えが悪いだけだろ」とバカにされるか、もしくは理解したふりをしながら全くの無関心と無理解に終わるか、そのどれかの反応しかなかった。


 だから、もしかしたらあいつも…と心配になったのかもしれない。あいつも、ひどい反応を示してしまうんじゃないかと。


 実を言うなら、俺の心の中も似たようなもんだった。フェアじゃないから、俺も今まで話してこなかった事を言ってしまおうと思ったものの、言った瞬間から心臓がバクバクと早打ちを始めるし、何だか続きを話すのが怖くなってきた。


 何だよ、これ。さっき、病気の事を話してくれたあいつも、ひょっとしてこんな感じだったんだろうか。嘘だろ。今の俺、こんなにビビってるってのに、あいつは何でもない事みたいに…!


「ああ!それなら、よく知ってる。でも、それがどうかしたの?」


 また、あいつが首をかしげる。くっそ、勇気出せ…。


「か、垣谷君」


 どうやら圭太は俺が何を言おうとしてるのか察してくれたらしく、今度は心配そうな声色で俺を呼ぶ。俺は小さく頷いた後で、勇気を振り絞り「俺、それだから」と言ってやった。


「…ん?」

「俺は、のっぺらぼうの国の王子様なんだよ」


 それ以上は、うまく言葉が見つからなかった。時間があまりなかったせいもあるし、俺がそれ以上の言葉を持ち合わせていなかったという事もある。


 でも、あいつは、その足りない俺の言葉に何かを感じ取ってくれたらしく、くすくすと笑いながら「そうなんだ」と言ってくれた。


「じゃあ、私は歌の国のお姫様になるね。そしたら、俊一君はいつでも私を見つけてくれるでしょ?」






 その言葉を最後に、あいつはトラックに乗り込んで、俺と圭太の前からいなくなってしまった。


「素敵な人だったね」


 帰り道、圭太が何度もそう言うので、俺はそのたびに「ああ」と返事を返す。それと同じ数だけ、俺は心の中で誓っていた。


 絶対、見つけてやると――。

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