第106話
「別にそんな無理して、遠くの病院に行く必要があるのかよ?」
俺が続けてそう言うと、圭太もハッと我に返ったかのように慌てて言葉を覆い被せてきた。
「そうですよ、瀧本先輩。今の生活の中でもできるようなリハビリの方法を教えてもらえば、引っ越しも転校もしなくてよかったじゃないですか。せめて卒業まで…」
「無理なの」
圭太に最後まで言わせず、あいつはきっぱりとそう言って首を横に振った。
何が無理なんだろうか。親の仕事とかの都合?受け入れてくれる病院側の都合?それとも、あいつの病気の進行具合の事か?どれに当てはまっても、それを聞き出すのは野暮っぽくて俺も圭太もできなかった。
「何か、悪い…」
「すみませんでした」
俺と圭太がほぼ同時に詫びると、一瞬の間があってからあいつがププッと笑った。何だかほっとしたような、どこか安心したかのようなそんな笑い声だった。
「あはは、二人ともタイミングばっちり。本当に仲いいんだね」
あいつが、そんな当たり前の事を言ってきた。
当然だ。俺にとって圭太は、世界でたった一人の親友だ。父さんや母さん、田室先生以外で初めて得た心優しい理解者で、いつだって損得抜きで俺をフォローしてくれたかけがえのない奴だ。
いつもは照れ臭くて言う事はないんだけど、俺は圭太にものすごく感謝している。今までも、これからも、そして今この瞬間でさえも――。
「本当にありがとうね、二人とも」
あいつが言った。
「二人みたいな後輩に出会えて、私は幸せな生徒会長だったわ」
「いえ、そんな…」
今度は圭太が首を緩く横に振る。きっと照れてるに違いない。さっきまで後ろ手に組んでいた両手をいつの間にか前に戻して、もじもじと指を絡ませていた。
「俺は何もしてないだろ」
対して俺は、本当にあいつに何もしていないと自覚していたので、ずいぶんとぶっきらぼうな口調でそう返した。それなのに、またあいつはクスッと笑って俺を指差してきた。
「嫌だなぁ、俊一君のおかげなのに」
「…は?」
「あの時俊一君がヘタクソってはっきり言ってくれたおかげで、私吹っ切れたのに」
「何の話だよ。そんな事言った覚えないんだけど」
「俊一君が覚えてなくても、私はちゃんと覚えてるよ」
そう言った後、あいつは人生で最後にピアノを演奏した日の事を話しだした。
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