第105話

「何で…」


 何でそんな大事な事を今まで誰にも話さなかったんだよとか、何でそんな無茶してまで学校に来てたんだよとか、とにかく言いたい事はいっぱいあった。それなのに、「何で」から先の言葉を紡ぐ事ができない。


 きっと、圭太も同じだったと思う。さっきから一言も口をきかない。あいつばっかりしゃべって、俺達は言葉を忘れちまったかのように黙って聞いているだけだ。


 でも、頭のどこか片隅では分かっていたんだろう。俺や圭太が何を言ったところで、この現実のどれか一つが変わる訳じゃないんだって事。あいつの病気が激的に回復する訳でも、ましてや俺の頭の中の不具合がなくなるって事も。


 あいつの顔を見る事のできない俺は、この時、あいつがどんなクシャクシャな表情で話をしてくれているかなんて全く気付く事ができなかった。あいつがいなくなって、告別式に行く前の日に初めて圭太が聞かせてくれたから。


『きっと、いろんな気持ちを我慢して話してくれてたんだよ。目にいっぱい涙ためてさ、それでも声が震えないようにって…』


 そう話してくれた圭太の声は、メチャクチャ震えた。鼻を啜る音も聞こえてた。なのに、この時のあいつはそんな様子を一切俺に悟らせなかった。


「ああ、すっきりした」


 全部話し終わったのか、あいつは両腕を上に向けて、ううんと伸びをした。それと同時に吐き出されたあいつの吐息は、本当にすっきりしたと言わんばかりに清々しく漏れていた。


「聞いてくれてありがとうね、二人とも」


 そのまま右に左にと軽く上半身をねじるように動かしながら、あいつが言った。


「実を言うとね、学校にいる間は結構ハラハラしてたんだ。一応、校長先生と担任、あとは保健室の先生だけには話していたんだけど、いつ皆の前で恥ずかしいヘマするかなって」

「……」

「もっと言うと、さっき話したみたいにさらっとピアノをあきらめられた訳でもなかったし。たまに音楽室行って、ちょこっと鍵盤触ったりとかね…もう、未練たらたらって感じ?」

「…だったら、まだいればいいだろ」


 また、いつものようにあいつの笑い声が聞こえてきたような気がして、俺は一瞬イラッとした。そして、気が付いたらさっきまで「何で」から先が言えなかった口から、そんな言葉が出てきたんだ。

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