第104話
特にあいつの身体を心配した両親は、すぐに大学病院にあいつを連れていって、人間ドックにも近い精密検査を受けさせた。
本当に単なる疲れから来るものなら、笑い話で済ませられる。他の有能なピアニスト達より遅れは取ってしまうが、少し休んでまた次から頑張ればいい。優しくそう言ってくれた両親に、あいつは少なからず感謝したんだそうだ。
「怒られるんじゃないかって、ずっと不安だったから。私の努力が足りないからだって責められたらどうしようって…」
そう言った時のあいつに、俺はどれだけ「お前バカかよ?」って言葉を返してやりたかったかしれない。
まともな親だったら、そこはちゃんと心配してくれるんだよ。ちゃんと子供の異変を見抜いて、一緒に解決しようとしてくれるもんなんだって。少なくとも俺の父さんと母さんはそうだったし、今もそうしてくれている。
あいつの両親もそうだった。そして、心の中では万が一でも嫌な結果にならないようにと祈ってくれていたんじゃないだろうか。
だが、精密検査の結果は最悪のものになった。あいつの病気が見つかったんだ。
「簡単に説明すると、長い時間をかけて少しずつ全身が麻痺していく病気なの。最初は手足の先から動かなくなっていって、歩くのも困難になる。物も掴みにくくなる。自分の意思で身体を動かす事もできなくなって、声も出にくくなる。最終的には全く動けなくなって、内臓の機能も弱まる。そして心臓も動かなくなって終わり」
だからピアノはあきらめましたと、まるで昔話の結末を話して聞かせるかのように、あいつは実にあっさりと話を終えた。あまりにもあっさりしすぎていて、俺はすぐに次の反応ができなかったくらいだった。
「え…?ちょっ、おい…」
たっぷり一分くらいかけて、俺がようやく途切れ途切れに声を出す。圭太はこの話は二度目らしいみたいから、俺みたいに戸惑ってはいないようだったが、背中に隠すように後ろ手で組んでいた両手のこぶしが悔しそうにぎゅうっと握りしめられている。
それを横目でちらりと見てから、俺はあいつに言った。
「じ、じゃあ、今回の引っ越しは…」
「さっきも言ったでしょ?専門の病院があるから、しばらく入院してリハビリする事になったの」
アハハッとひと声笑ってから、あいつが言った。どうしてここでいつものように笑えるのか、俺には分からなかった。
「ま、仕方ないよね。思ったより足の進行が速くなってきたから。今までは何とかだましだましでやってきたけど、これ以上ちゃんとしたリハビリやらないと、明日にでも車いす生活になるかもだもん」
俺は、あいつの歩く姿を頭の中で思い出していた。ずるずると片足だけを引きずるみっともねえ歩き方をする、あいつを。
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