第100話
「ほ、ほらっ!受け取れって!」
あいつの両腕の内側に向かってぐいぐいと押し付けてやってるというのに、あいつはどういう訳だか、なかなか受け取ろうとしない。何の嫌がらせだ、この野郎。
「いいの?」
あいつの視線が、俺の顔と花束を行ったり来たりしているように思えた。
「もらっちゃっていいの?」
「いいから、こうして渡そうとしてるんだけど!?」
俺とあいつの間に挟まれた花束越しに、あいつの視線の動きが止まったのが分かった。あいつが花束と一緒に、俺の顔を見ているのだと何となく感じられた。
「ありがとう…」
がさりとナイロンの擦れる音が聞こえたと思ったら、俺の両腕にかかっていた軽い重みがふわりと消えてなくなった。俺の腕の中にあった花束が宙に浮き、あいつの腕の中に納まったからだ。
「ありがとう、俊一君…」
晩夏の日差しの中、あいつは白地に薄い青を混ぜ込んだような色合いのワンピースを着ていた。本当なら、引っ越し作業をしている時に着るようなもんじゃないだろうに、きっと俺や圭太を出迎える為に着てくれていたんだろう。よく似合っていた。
「う、うん…。ほら、圭太も!」
何をしてるんだか、俺の横でぼうっとして何も話そうとしない圭太の脇腹を、肘で何度か突いてやる。するとハッと我に返ったらしい圭太は、急いだ様子で背中に隠していたピンク色の紙袋をあいつに差し出した。
「た、滝本先輩!よかったら、これを…」
「これもくれるの?ありがとう、桐生君」
花束を右手だけで抱え直し、空いた左手で啓太からの紙袋を受け取ったあいつ。俺からは中身がよく見えなかった。
「先輩によく似合うと思って…」
何が落ち着かないのか、圭太は肩のあたりをもじもじと動かしながらあいつの様子を窺っている。そんなに不安がる事あるかよ、圭太。お前が夏休み中頑張って稼いだ金で買ったプレゼント、あいつが喜ばない訳ないだろ。
「袋から少し出してみてもいい?」
あいつも中身が何か気になったのか、今度は花束を脇に挟むようにして器用に持ち直すと、そのまま紙袋に入っていた物を少し引っ張り出してみた。
「…わあ、かわいい」
少し間を置いた後で、あいつの声がそう言ったのを聞いた。それにつられて俺も見てみると、紙袋から引っ張り出されていたのは、きれいで複雑な装飾の柄が編み込まれたレース仕立てのミニショールだった。
「引っ越し先、少し冷える所だって言ってたから…」
圭太がぼそりと言う。何だよ、そんな遠い所に行っちまうのか!?
俺があいつの方を向き直ると、あいつははあっと観念したようなため息を漏らし、次にこう言った。
「仕方ないよ、そこにしか専門の病院はないんだから」
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