第99話
「あらぁ…」
あいつの家は、学校から西に三キロほど離れた住宅街の一角にあった。
貸家だったという一軒家は相当年月が経っているのか、所々に傷みがあって、あいつが玄関に出てきただけでぎしっとどこか軋む音が聞こえてきた。
それに加えて、あいつの両親らしき男と女ののっぺらぼう、そして引っ越し業者だろう同じツナギの格好をしたのっぺらぼう達が忙しなく家の中を行ったり来たりしているので、廊下を踏み鳴らす音がハンパなくうるさかった。
「まさか本当に来てくれるなんて思わなかった。桐生君、意外と強引なんだ」
呆れているのか、それを通り越しておもしろくなってしまったのかはよく分からなかったが、それでも久しぶりに聞くあいつの声はひどく心地よかった。
そのせいで、さっきからずっと俺の両腕の中に抱え込んでいる物の事をすっかり忘れてしまい、がさがさっとナイロンの袋が擦れる音であいつが先に気がついてしまった。
「俊一君、その花束…」
「え…、あっ!?」
あいつに気付かれた事で、俺は両腕の中の物の事を思い出し、一気に頬を熱くさせた。まさか俺の人生の中で、こんなもんを抱え込む日が来ようとは…!
「もしかして、私に?」
あいつは一切の戸惑いを見せる事もなく、ずけずけと聞いてくる。俺はこれ以上持っているのがたまらなく恥ずかしくなり、両腕の中の物――ピンク色の大きな花束をあいつにずいっと押し付けた。
「せ、餞別だよ!」
頬を熱くさせたまま、俺はあいつからちょっとだけ目を逸らして言った。
「圭太がちゃんと準備してるのに、俺だけないってのはカッコ悪いし?圭太が花束にしろってうるさいから、そうしただけだし…」
俺は、花屋に入った時の事を思い出した。
花屋だなんて、小学一年の時に母さんにカーネーションを買って以来だから、入るのに相当勇気が必要だった。
その上、花屋でどう買うかだなんて全く慣れていないから、自分のこづかいの範囲内で適当に束にしてもらおうと思ったら。
「できたらピンク色の花で統一してもらえますか?その方がかわいいと思うし…あ、そうだ。外側は大きめの花をお願いします」
俺の隣に立って、あれもいいしこれもいいなと吟味していた挙げ句、具体的な注文までスマートにこなした圭太。俺はただ、代金を支払っただけだった。
「だから、礼なら圭太に言えよ」
ちらりと横を見てみれば、圭太は後ろ手にピンク色の紙袋を持って、あいつを待っていた。俺は花束をさらに強くあいつに押し付けた。
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