第98話



 週末の午前十時きっかり。約束通り、圭太が俺の家まで迎えに来た。


 新しく買ったばかりなのか、圭太はやたらこじゃれた格好をしていた。ゆったりとした半袖の青いポロシャツにイケてる柄のパーカーを羽織り、おろしたての色濃いGパンがよく似合っている。


 対して、ごくごく普通の普段着しか身に纏っていない俺は素直にこう言う事ができた。


「気合入ってんな、圭太」

「嫌でも入っちゃうよ」


 圭太の右手には、ピンク色の小さな紙袋が一つぶら下がっていた。たぶん、これが夏休み中ずっと『満腹軒』の手伝いをして買った物なんだろう。


「圭太はいつから知ってたんだ?」


 家の玄関を出てすぐ、俺はそのピンク色の紙袋を見つめながら聞いた。


「あいつが、その…」

「瀧本先輩の転校の事?」


 圭太は妙に鋭い所があって、俺が言葉に詰まって言い淀んでしまっても、すぐにこうやって誘導してくれる。そのたびに俺はすごく安心できて、頷きながら話を進める事ができた。


「ああ」


 いつものように俺が一つ頷くと、圭太も大きく頷いて長く息を吐く。そして、少しだけ緊張しているような声色で話し始めた。


「うん。ほら、あの夏休みのコンクールの時。垣谷君が先に帰っちゃった後で…」

「あいつから直接?」

「うん。瀧本先輩、一番最初に僕達二人に話してくれるつもりだったみたいだよ」


 俺の中で、また後悔が一つ生まれた。


 あの日、いらだちに任せて先に帰ったりなんかしなけりゃ、あいつは今度こそちゃんと話してくれたんだろう。俺だけにじゃなくて、ちゃんと圭太も交えて、転校するって事を話してくれていたんだろう。


 今度は圭太だけが知っていたって訳で、あの時と同じ思いを今は圭太が味わっているんだろうか…?


「半分出すよ」


 ピンク色の紙袋を、俺は指差した。


「それ、あいつへの餞別せんべつなんだろ?俺、何にも用意してないから、せめて半分出すよ」

「何言ってんの?垣谷君は今から用意するんだよ」

「へ?」


 間抜けな声を出す俺にクスッと笑って、圭太は道の先を指差す。それにつられて顔を向けてみれば、その先には小ぢんまりとした花屋があった。


「マジか…」

「マジです」


 俺のぼやきに、圭太はさらに笑いながら言葉を続けた。

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