第97話

「何慌ててるのか知らないけど、聞き方ってものがあるんじゃない?」


 遠藤のっぺらぼうは腕組みをして、カウンター越しに俺に向かって顔を向けてくる。


 だけど、そうされたところで、俺には遠藤のっぺらぼうがどんな顔をしているのか分からない。だから、態度を変える事なんてできなかった。


「聞かれた事に答えてほしいんだけど」


 すみませんの一言もなく俺がそう言うと、遠藤のっぺらぼうは「はあ?」とさらにいらだった声をあげた。


「何でこんな生意気な子に教えてあげなきゃいけないの?瀧本さんの話と全然違うじゃない、どこがいい奴なのよ」

「え…」

「瀧本さんが言ってたからそう思ってたのに」


 あいつが言っていた?俺の事を?どういうふうに?


 俺は少し混乱して、その場に立ち尽くした。


 あいつの事が、ますます分からなくなった。あいつにとって、俺はどういうふうに見えていたんだ?


『納得できないよ、俊一君の口から聞けなきゃあ!』


 コンクールの会場の前で別れた時の、あいつの言葉がこんな時に頭の中で蘇る。今思えば、きっとあいつは必死だった。


 何なんだよ、いったい何なんだ。あいつはいったい、何なんだよ。


 訳が分かんなくて、頭の中で処理が全く追いつかなくて、遠藤のっぺらぼうの目の前でただ立ち尽くす。そんな時、俺の横から突然声をかけてくる奴がいた。


「ああ、やっぱりここにいた。捜したよ、垣谷君!」


 ほぼ反射的に振り返ったその先には、黄色い防犯ワッペンを着けた腕が見えた。俺は半ばその腕に引きずられるようにして、図書室から外へと出た。






「垣谷君、瀧本先輩の事なんだけど」


 図書室からまっすぐ教室まで戻る廊下を進みながら、俺の腕を引っ張ったままの圭太が振り返りもせず言った。


「もう、この学校には来ないよ」

「え…」

「転校するんだって」

「……」

「今度の週末に引っ越すらしいから、一緒にお別れ言いに行くよ」


 そう言い切った圭太の腕は、少し震えていた。

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