第96話

ずっと保健室のベッドで寝ていたせいなのか、それとも単にアドレナリンでも出っぱなしになっているのか、昼休みだっていうのに俺の腹はこれっぽっちも空いてこなかった。


 とにかく、あいつに会いたかった。もし、このぞわぞわ来る感覚に不安っていう名前を付けられるのだとしたら、あいつに会えばそんなものはすぐに吹き飛ぶ。そしたら、すげえ素直に謝れるような気がした。


 バタバタと足音を立てながら廊下を駆け抜け、図書室のドアを乱暴に開いた。静まり返っていた空間に響いたその音はそこにいたのっぺらぼう全員の顔を一気に動かし、俺は奴らの視線を余す事なく浴びる羽目になった。


「うっ…!」


 目も鼻も口も見えない奴らにうろたえ、勢いのまま入ろうと思っていた両足が図書室の入り口でぴたりと止まる。だが、それと同時に、俺に向かって聞こえてきた声があった。


「ちょっと、図書室ではお静かに。他の人に迷惑でしょ」


 聞き覚えのある女の声だった。いつだ、いつだっけ。


 確か、あいつとここで話していた事があったような――あ、思い出した!


「なあ、あんた遠藤か!?」


 俺は、まるですがりつくように受付カウンターの正面に回って、そこに座っていたのっぺらぼうに声をかけた。当然のっぺらぼうはびっくりして、椅子ごと少しのけ反った。


「きゃっ!?だ、だから図書室では…」

「なあ、あんた遠藤だろ!?俺の事覚えてるか!?」

「覚えてるかって…ああ、あなたこの前の一年生?」


 遠藤のっぺらぼうはやっと俺の事を思い出してくれたのか、素早く右腕を上げて俺を指差してきた。


 いつもの俺だったら、どののっぺらぼうに関わらず、指を指された日には逆にそれを掴み上げて「何、人に指向けてんだよ」とか言ってるんだろうけど、今はそんな小さい事にこだわってる場合じゃない。こいつなら知ってるはずだと、俺はさらに言い連ねた。


「なあ、あいつ来てるか?」

「は?あいつ?」

「この前、俺と一緒にいたあいつだよ!ほら、生徒会長の…!」

「何?瀧本さんの事?」

「そう!あいつ、ここに来てるか!?」


 俺は自分のペースで矢継ぎ早にどんどんと聞いた。


 もし俺の頭の中に不具合なんてなかったら、相手の様子を見て少し間を置いてやるとか、返答を待つくらいの気遣いはできたかもしれない。


 だが、そんな事すら知る術を持たない俺の元へと届いたのは、遠藤のっぺらぼうのいらだった声だった。


「…ちょっとあんたね、それが上級生に対する物の聞き方なの?」


 遠藤のっぺらぼうが椅子から立ち上がりながら言った。

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