第95話

「…どう?少しは落ち着いた?」


 四方の窓を真っ白なカーテンで覆っているさほど広くない部屋。目の前には白衣を着た女ののっぺらぼう。


 ちょっと薬品くさい感じがするのは田室先生の所とほぼ変わらないのに、学校の保健室にあるベッドの上ってのはあまりにも無機質すぎて好きになれない。でも、ついさっきまで過呼吸にも似た症状を出してしまっていた俺には、こんな物でもありがたかった。


 どうやら午前中いっぱい、ずっと保健室のベッドのお世話になっていたらしい。休み時間のたびに圭太が様子を見に来てくれていたようだが、あまりよく覚えていない。


 意識がはっきりし始めたのは、四時間目が終わる少し前の事だった。俺的には、いつの間にベッドに寝かされて口元に紙袋が置かれていたんだよってところだった。


「はい。どうもすみませんでした」


 無意識に強く握りしめていたんだろう。たくさんのシワが入ってヨレヨレになった紙袋を突き出すと、白衣ののっぺらぼうは首を横に振ってから、ベッドの下にあるゴミ箱を指差した。


「そこに捨てちゃっていいから」

「あ、どうも…」

「過呼吸は初めて?まだつらいなら、親御さんに迎えに来ていただく?」

「急にあれだけ苦しくなったのは初めてだったけど…大丈夫です。もう大した事ないんで」


 本当に驚いた。体育館から連れ出されて、さあ今から説教タイムだと言わんばかりに男の先生のっぺらぼうがこっちを見た瞬間に、過呼吸もどきを発症した。


 これ自体は中学に上がるまでに何度か経験があった。特に一人で外に出て、のっぺらぼうどもだらけの人ゴミに入ってしまった時なんて――。


 嫌な事を思い出しかけた時、四時間目終了のチャイムが鳴った。これから昼休みで、昼メシの時間だ。


 ああ、そうだ。図書室に行かないと。


「それじゃ、俺はこれで」


 ベッドから降りて、そのまま保健室を出ようとする俺の背中の向こうから、白衣ののっぺらぼうが「ちょ、ちょっと!?」と慌てた声を出した。


「今日はもう早退しなさい。君、さっきまで本当に」

「だから、もう大丈夫なんで」


 被せるようにして言い放ち、俺は保健室を出た。その時、ぼそっとしたひとりごとが聞こえたような気がした。


「どうしてあの子といい、今の子といい…大丈夫じゃないのにああも強がるのかしら」


 …誰だか知らねえけど、そんな奴と一緒にすんじゃねえよ。


 俺はただ、図書室に行きたいだけだ。

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