第94話

それでも、始業式って名前の全校集会が始まるまでは何とも思っていなかった。


 あいつだって、完璧って訳じゃないんだ。いくら生徒会長だからってちょっとの遅刻くらいするだろうし、俺達が通った時はたまたま校門の近くにいなかっただけかもしれない。


 だけど、始業式が始まって、夏休みの間の生活に支障はなかったかなどとやたら説教くさい校長のっぺらぼうの長話が終わった時だった。


「ええ、この次は生徒会長の瀧本さんのお話でしたが、諸事情で少し予定が変更となりました。瀧本さんに代わりまして、生徒副会長の新崎あらざき君のお話です」


 始業式の進行役を務めている教頭のっぺらぼうのそう言う声が体育館に広がったとたん、空気がいきなりがらっと変わった。


 居心地が悪くなったなんて一言じゃ到底片付かなかった。何かが足元から這うように昇ってきて、身体中にぞわりぞわりと巻き付いてくるみたいな…。


 周りにいるのっぺらぼう達も同じようなものを感じていたんだろうか。一人一人の顔は分からなくても、身体を小刻みに揺らしたり両手を口元まで持ち上げてぎゅうっと握りしめたりと、やたら落ち着きをなくし始めた。


 おい、何だよ。どうしたってんだよ…。


「圭太っ…」


 思わず、圭太の姿を捜していた。この気持ち悪い感覚がどうしたものなのか知りたかったし、圭太も味わっていないかどうか心配だった。


 だが、多少の個人差はあってもそこはやっぱり夏休み明けという事で、どいつもこいつもまっくろくろすけののっぺらぼうだ。黄色の防犯ワッペンを見つけられない限り、俺には隣の列のどこに圭太がいるのか分からなかった。


「うぅっ…!」


 ただでさえ、のっぺらぼう達がいっせいに集まりまくっている場所にいるだけでも苦痛だってのに、訳の分からない感覚に支配されかかっているこの状況が耐えられなかった。


 それを振り払いたかったのだろうか。気付けば俺の口からとんでもなくでかい奇声が飛び出していた。


「ああ~~~~~!もううっぜえ~~~~!気持ち悪いんだよ、ここは!!何なんだよ、お前ら!!変な空気出してんじゃねえよ~~~!!」


 頭を抱えながら前屈みになり、俺は声を大に叫び続ける。途中からは自分でももう何を言ってるのか分かんなくなっていて。


 すぐに圭太が駆け寄ってきて「どうしたの垣谷君、瀧本先輩なら大丈夫だから落ち着いて」と必死に宥めてくれていたようだが、俺はそれすら気付く事なく男の先生二人に抱えられて体育館から連れ出された。


 体育館を出る時、壇上の方から副会長の「皆さん、大丈夫ですから静かにお願いします」という声が聞こえてきた。あいつの声と違って、少しガラガラとしていて声変わりの途中っぽい感じだった。


(そうだ。今日はまだ、あいつの声聞いてない…)


 ひどい息苦しさに悩まされながら、俺はそんな事をぼんやりと考えていた。

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