第90話
「…おーし!次は全員で往復ダッシュ5セット!声出していけよ~!」
田室先生の大きな号令と甲高いホイッスルの音を合図に、体育館中ののっぺらぼう達が順番に列を作ったかと思えば、間髪入れずに体育館の端から端までを猛ダッシュし始めた。
雑用も一通り終わった俺はひとまず壇上へと移動し、そこの縁に腰かける。気合いと熱気のこもりまくっているその様子を見つめる俺のすぐ横には、直哉さんの姿もあった。
「たかが腕相撲に、あそこまでの練習が必要かよとか思ってる?」
しばらく見つめていた俺に、直哉さんがからかい口調で声をかけてきた。俺は素直にこくんと頷いた。
「田室先生に会ってちょっと経つくらいまでは、正直そう思ってました」
「お、気が合うな。俺も最初に始めた時はそう思ってたんだよ。瞬発力と持久力を鍛える為だとか言われて先輩から鬼メニューもらった時は、殺す気かと思ったよ」
そう言ってケタケタと笑い声を立てる直哉さんの片手には、小型だがとても重そうなダンベルが握られている。前回の試合でちょっと腰を傷めてしまったらしく、ダッシュを含む練習は休んでるんだとさっき言っていた。
ふん、ふんっと鼻息を荒くしながらダンベルを上げ下げしている直哉さんから、わずかに顔を逸らす。俺には分からないけれど、あんまりこの人と視線を合わせていたら、またあの話題を持ち出されかねないと思った。
だが、そんな俺の思惑なんてまるでお見通しとでも言わんばかりに、直哉さんの口は言葉を紡ぎ始めた。
「まだ純の事、怒ってるか?」
「え…」
怒ってるかと言われたら、ほんの少し当たっている。でも、その理由はもう別の話だ。圭太をないがしろにしてた事に変わってて、もう決してあの時の事じゃない。そして何度でも思うが、あれは俺の方が悪かった。
「いえ。あれは俺が…」
相手はあいつじゃないけれど、謝るなら今が絶好のタイミングだと思った。俺は直哉さんの方に全身で向き直ると、彼がその事に気付く前に大きく頭を下げた。
「その、すみませんでし」
「純があんな大声を出せる日が来るなんて思いもしなかった。焦ったと同時に、ちょっと安心したよ」
え…?
謝罪の言葉を遮られた事に固まったんじゃない。直哉さんのその言葉の内容に訳が分からなくて、俺は頭を下げたまま動けなくなった。
「純に許可取ってないから、話せる範囲でしか話せないけど」
そう前置きしてから、直哉さんはゆっくりと話しだした。
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