第87話
小一時間ほどワゴン車を走らせて辿り着いたのは、以前にも来た場所。数ヵ月前に田室先生達が惜しくも敗れ去った大会が開かれた隣の市の県立高校の体育館だった。
ワゴン車が敷地内の片隅にある駐車場に停まると、後部座席にいたのっぺらぼう達が我先にと言わんばかりに素早く降りていく。それを俺が信じられない思いで見つめていたら、隣の田室先生が声をかけてきた。
「どうした?早く降りてアイス作るの手伝ってくれ」
ここまで向かう道中、田室先生から今日の趣旨を説明された。
近々、また別のアームストロング大会が開かれるのだが、最近しっかりとした練習ができる場所を確保しにくくなってきていて困っていた。そこに声をかけてきてくれた所があったので、今日は一日そちらでお世話になるという。
「…で、俊一君には今日一日限定で、俺達のマネージャーをやってほしいって訳だよ」
確かにしっかりとした練習がしたいのなら、サポート役って奴は必要だろうし、俺はひたすらヒマを持て余していたんだから手伝いをする分には何にも文句はない。
ただ、ここにはいい思い出がない。あいつとさんざん言い合いをした後味の悪い場所で、あいつに謝らなきゃという罪悪感を増幅させるだけでしかない。
ここに来るんだって前もって分かっていれば、絶対断っていたに違いない。せっかくあいつへのいらだちが治まりつつあったっていうのに、これじゃ意味がなくなる。
「あの、俺…」
ここまで来ておいて、今さらどうやって断ろうかと悩みながら口を開く。
正直に言うのは俺の中では決してありえないし、そうしてみたところで、またからかわれ気味に説教されるのがオチだ。
急に具合が悪くなったって事にするか?後ろに座っていたのっぺらぼう達が気になって、体調を崩したとか何とか…。
いや、これも無理だな。田室先生、後ろの奴らを気にしなくてもいいようにって、ずっと俺に話しかけてきてくれたんだから。おかげさまで俺の呼吸はすっかり元通りだし、顔色だってきっと健康的なんだろう。
ダメだ、断る理由が見つからない…。
「すみません、すぐ行きます」
俺はもう観念した。できるだけ、あいつと一緒にいた体育館のロフトを見ないようにしようと決めながら、俺は田室先生の後をついていくべくワゴン車を降りた。
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