第86話

翌日の午前九時、家の前まで迎えに来たという田室先生からのメールが届いた。


 リュックサック一つだけを肩にかけて家を出たら、そこにはやたらと大きなワゴン車が一台停まっていた。


 初めて見るそれにちょっと戸惑い、どうしたものかととりあえず呆然と眺めていたら、運転席の方の窓ガラスが開いてそこから田室先生の声が聞こえてきた。


「おーい、俊一君」


 運転席に座っている大柄ののっぺらぼうが、俺に向かって手招きしている。だが、俺は心底安心してワゴン車に近付く事ができた。


「おはようございます。車、いつの間に買い替えたんですか?」

「おいおい。いくら医者だからって、そうほいほい車を買えないって。レンタルだよ」


 ほら、と田室先生が親指を立てて後ろの方を差してきたので、つられてワゴン車の後ろを見てみれば、そこには何人かののっぺらぼう達がドスンと鎮座するように同乗していた。


「ひぃっ…!?」


 思わず、俺の口から情けないほどの息を飲む音が漏れる。辛うじてパニクらずにすんだのは、そいつらの着ているおそろいのジャージに見覚えがあったからだ。


「あ、どうも。おはようっす」

「今日一日よろしく」

「田室先輩の紹介なんだ、頼りにしてるぜ?」


 のっぺらぼう達が次々と俺に話しかけてくるが、俺はそのどれにもうまく答える事ができずに再び田室先生の方に顔を向ける。すると田室先生は、あの野太い腕を窓の内側から伸ばしてきて、俺の頭をわしづかんだ。


「大丈夫。皆には事前に説明してあるよ」

「…それって、医者の守秘義務に反してんじゃないんですか」


 せっかくうまく整えてきた髪型をぐしゃぐしゃと掻き乱されてしまったので、悔しまぎれにそんな事を言ってやる。でも、大人の余裕って奴なのか、田室先生は棒読みに近い感じで「これは一本取られたな」なんて言っていた。


「でも心配しなくてもいい。さすがにそこまで詳しくは話していないから」

「本当に?」

「もちろんだ、さあ乗った乗った」


 ワゴン車の後部を指していた田室先生の親指が、今度は空っぽの助手席に向かった。俺はそちらが回り込んで乗り合わせれば、田室先生は間髪入れずにアクセルを踏み込んでワゴン車を出発させた。

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