第84話
「え…」
「だ~か~ら。今日の私の歌よ、どうだった?」
隣にいる圭太の横をすり抜け、あいつは俺の正面に回り込んできた。まるで言うまで逃がさないぞとばかりだ。俺は思わず圭太の方をちらりと見た。
「あ、はは…。垣谷君も感想話してあげなよ」
圭太の方から、乾いた笑い声が聞こえる。たぶん、もっともっといろんな事をあいつに話したかったんだろう。それを遮られたばかりか、同じ話題を俺に振ってきたんだ。今度は、圭太がおもしろくないに違いなかった。
そう思ったせいもあって、俺の口からはやっぱりろくでもない答えが飛び出していった。
「俺が言う必要とかあんのか?」
「え…」
「たくさんのライバルの中で勝ち上がってグランプリ獲って、そんなトロフィーまでもらってさ。圭太だって、さっきからめちゃ褒めてんじゃん。その上、何で俺からの言葉が必要なんだよ。どんだけ欲張りなんだよって話じゃね?」
あいつと圭太の足取りがぴたりと止まる。それで、俺は「ヤバい」とは思ったものの、一度口から出た言葉はなかった事にできないし、俺はそれを取り消す術を知らない。だから、止めるどころかどんどん加速させていった。
「間違っても、『本当は全然自信なかった』とか言うなよ?あんなたくさんの拍手や歓声もらっといて、それでもそんな事言うならただの嫌味だろ」
俺の言葉に押しつぶされていくかのように、あいつが少しずつうなだれていく。それを見て取ったのか、圭太が俺の腕を掴んで「垣谷君」と咎めるような声を出したところで、俺はやっと我に返る事ができた。
さっきまでの空気が嘘みたいに消えてなくなっていた。グランプリを獲ったはずなのに、まるで一回戦敗退、しかも超が付くほどのボロ負けって感じみたいになっている。
俺自身がそんな空気を作り出したって言うのに、早くもそこから逃げ出したくなって、俺は圭太の腕を振りほどくと、さっさと二人の横をすり抜けた。
「あんたは今日グランプリ獲った。それで納得しとけっつの。じゃあな」
あいつのすぐ脇を通る際に、そう言ってやる。言い方はあれだったかもしれないが、俺の本心そのものだ。
それをあいつが汲み取ってくれたかどうかは、もう今となっては分からない。だが、あの時あいつは確かにこう言ってくれた。
「納得できないよ、俊一君の口から聞けなきゃあ!」
ドクンと、この時心臓が大きく一拍鳴った。
どういう意味だよ、それ…。何で俺の口から欲しがるんだよ…。
そう問い返す事もできずに、俺はどんどんと駅に向かって進んでいく。そんな俺の背中の向こうで、二人の会話が細々と聞こえてきた。
「桐生君、今日はありがとう。でも、桐生君には話しそびれてたのに、よく会場の場所分かったね?」
「あ、たまたま運営のホームページ見たんで…」
何だよ、それ。
何だよ、それって…!
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