第82話
結局、あれから俺と圭太はマックに行く事なく、コンクールの全過程が終了するまで体育館の中にいた。
結果から言えば、あいつは独唱の部で見事グランプリに輝いた。名前を呼ばれて審査員ののっぺらぼうから手頃な大きさのトロフィーを手渡され、それを胸元に抱くように抱え込むあいつの姿は、またライトに照らされてまぶしく見えた。
「瀧本先輩に直接『おめでとう』を言いに行こうよ」
コンクールの授賞式も終わり、観客達が体育館の外へと出始めた時、ふいに圭太がそう言い出した。反射的に振り返ってみれば、圭太は壇上や俺の方へと忙しなく顔を動かしていた。
「何で?」
特に何の他意もなく、そう尋ねてみる。圭太はやたら興奮していて、壇上の脇の方を何度も指差した。
「だって、今は夏休みなんだから、次に会えるのは二学期になるだろうし。僕は今のこの感動をすぐに伝えたいんだよ。垣谷君だってそうだろ?」
「いや、俺はそんな」
「いいから行こうよ、ねっ?」
押し切るようにそう言うと、圭太は乗り気でない俺の腕をがしりと掴んで引っ張り始めた。どこにあいつがいるのか分かってるのかとか、出場者でもないのに勝手に入って怒られやしないかとか思ったが、圭太の足取りはずんずんと大きく止まりそうになかった。
壇上の脇には体育館の外へと続くドアが一つ設けられていて、会場の片付けに忙しい係員に混じってそこをくぐれば、すぐに長い廊下に出た。
今回のようなコンクールに使う場合もあれば、本来の用途らしく何かしらのスポーツの試合に使う場合もあるだろうから、その廊下に沿って並んでいるドアのプレートには『更衣室』とか『用具室』などの文字がいくつもある。
それらの文字の向こうにある一番奥のドアには『控室』と綴られたプレートがかかっていて、さらにA4サイズの紙が貼られていた。
『出場者待機室』
無機質なプリント文字でそう書かれていた紙の向こう側で、何人かの声が入り混じって聞こえてくる。あまりにもごちゃごちゃと聞こえてくるので、あいつのあの特徴的な声が全く判別できなかった。
「ここで待とうか?」
さすがにこの中に入る事までは躊躇したのか、圭太が遠慮がちに囁いてくる。全く、ここまで来て慌てるようならやめとけばよかったのにと俺がため息をついた時だった。
「それじゃ、お先に失礼します」
ふいにドアが開かれたと同時に聞こえてくる、あの涼やかな声。俺と圭太がビクッと肩を震わせると、その声の主はそんな俺達を目ざとく見つけて大きく息を吸い込んだ。
「あれ?二人とも何でここにいるの?」
あいつは、もうあの真っ白なドレスを着ていなかった。どこででも見かけそうな半袖のチェック柄シャツに膝上までの水色スカート。そして、あの例のトロフィーを抱えていた。
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