第78話

「圭太…?」

「えっ、垣谷君!?どうしてここにいるの!?」


 そんな俺とは違って、圭太はどうして俺がここにいるのか不思議で仕方がないと言わんばかりの声色だった。その証拠に、あいつの身体のどこにも黄色い防犯ワッペンが付いていない。


 でも、声だけで圭太なんだと理解できた俺は、心底安心できた。これが見知らぬのっぺらぼうだったら、今みたいにすうっと吐き気が治まるはずがない。


「悪い、大丈夫だ」


 やんわりと圭太の腕を外しながら答える。胸元がすうっと楽になった感じがした。


 ついそんな胸元に右手を添えたのだが、それを気にしたのか、圭太が俺にぐぐっと近付いてきて言った。


「垣谷君、もしかしてここ初めて来たの?確か初めて来る場所は苦手で、慣れるまでつらいって言ってたでしょ…」

「うん。でも、もう大丈夫。圭太がいてくれて助かった」

「おじさんやおばさんは?」

「俺一人。圭太は?」

「ぼ、僕も一人…」

「じゃあ、お前もあいつに呼ばれて来たのか?」

「え…」

「何だよ、あいつ。圭太も呼んでいたんなら、事前に言っとけっての。そしたら最初から圭太と二人で来たのに」


 俺は県民体育館の大きな佇まいを思いきりにらみつけた。


 コンクールに呼ばれていた時の顔が分からないから、あくまで予想に過ぎないが、たぶんあいつは相当浮かれていたんだと思う。


 きっと、俺と同じように、他の何人かにも声をかけてるんだ。あの弾んだ口調で、「絶対に見に来てね」を何回も言ったんだ。


 そして、それは圭太にも及んだ。もうその頃には、俺を呼んだ事など忘れていたんだろう。そうでなかったら、圭太が俺がここに来る事を知らないはずがない。防犯ワッペンを忘れてくるなんてありえない。


「ムカつく…」


 意図せず、そんな言葉が俺の口から小さく漏れた。圭太が反応しなかったから、それだけ小さいものだったと思うが、ふいにそんな言葉が漏れて、せっかく楽になっていた胸元が何だかもやもやした。


「か、垣谷君。とにかく行こうか?」


 圭太が、自分の肩を指差しながら言った。


「僕の肩に掴まっててよ。人が多いから席に着くまで離れないでね」


 俺は「ああ」と短く返事をして、圭太の肩に右手を乗せた。さすがに小学生の時みたいに手繋ぎは無理だったから、体育館の中に入って適当な位置に並べられたパイプ椅子に座るまで、ずっとそのままだった。

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