第77話



 それから、あっという間に夏休みに入った。


 あいつが言っていたコンクールとやらは、その夏休み最初の日曜日に開催されるという事で、一学期終業式の日、あいつはわざわざ俺の教室にまでやってきて、会場となる二駅先の県民体育館の住所を告げた。


「駅の北口から抜けるとね、すぐにアーチ形の大きな屋根が見えてくるの。そこが会場ね。私の出番は十時くらいになるかな?絶対に見に来てね、俊一君」


 やたらと弾んだ口調でそう言ってくるあいつの前で、俺は恥ずかしさのあまり終始うつむき加減で話を聞いていた。それくらい、教室中から注がれてくる視線が背中に痛かった。


 俺と自分という組み合わせがどれだけミスマッチかという事を、あいつはちっとも意に介していなかった。だから、この時の俺の恥ずかしさなんて微塵も分からなかったんだろう。


「私、頑張るからね」


 そう言って、いつもみたいに足を引きずるようにして廊下の向こうへと行ってしまったあいつに俺はほうっと長い息を吐いた。あいつは本当に勝手だ。俺の都合とか、まるでお構いなしだった。


 そして、その当日の日曜日。全く予定が入っていないという自分自身にも呆れながら、俺は県民体育館への方角の電車に揺られていた。






 何がそんなに規模の大きくないコンクールなんだと、俺は県民体育館の玄関の前で両手のこぶしをぎゅっと強く握りしめた。


 いや、確かに玄関前にはコンクールの地方大会である事を示すプラカードが掲げられてはいるが、あいつが言っていた特徴的なアーチ型の屋根をした県民体育館は、うちの中学のそれよりも二倍以上大きかったし、そこへ入ろうとするのっぺらぼうの数も尋常じゃなかった。


 まるで砂糖に群がるアリのように、わらわらと不規則な列を作って体育館の中へと吸い込まれていく様に、俺は久々に味わう気持ち悪さに酔って上半身を折り曲げた。ヤバい、吐きそうだ。


 せめて、どこか敷地の隅でと思いながら、俺はふらつき始めた足取りでのっぺらぼうどもの列から離れて体育館の脇へと行こうと試みる。その時、体育館に向かおうとしていたのっぺらぼうどもの一人が強くぶつかってきて、ただでさえ前屈みだった体勢が一気に崩れた。


 あ、受け身も取れずに倒れちまう…!


 そう思いながら反射的に目を閉じるが、俺の身体は途中でがくんと止まって固いアスファルトの地面にぶつからずにすんだ。


「大丈夫ですか!?」


 耳に馴染んだ声が届いて、俺はぱっと両目のまぶたを開ける。あまりの安堵の為に、どうしてこいつがここにいるんだなんて疑問は思い浮かばなかった。

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