第63話
「ふん…、ふふふん…。ふぅふ…ふん」
中学校の校舎ってのはどこもかしこもまあまあ賑やかなもんだけど、図書室だけはやっぱりしんと静まり返っていて、そこを利用する誰もがその空気を楽しめる所だ。
その物静かな空気を切り裂きつつ、大きく穏やかに広がっていく鼻歌は、俺がいる文学コーナーの反対側の本棚の方から聴こえてきた。
誰だ、と思う必要はなかった。それが途切れがちな鼻歌であっても、両耳にしっかりと記憶されている凛とした涼やかな声は間違えようがなく、俺は慌てて文学コーナーから飛び出して反対側の本棚へと回った。
そこで最初に見えたのは本棚の上の方に掲げられたプレートで、『音楽・楽譜コーナー』とあった。
貯蔵量が少ないのか、五段ものスペースがある本棚のわずか一角にしか並べられていない楽譜本や関連書籍。それらの前で、あいつは一冊の本を手に取りながら鼻歌を歌っていた。
「ふん、ふぅん…。らら、ららら…」
俺の位置からは、あいつがどのページを開いているかなんて分からない。だが、振り向けばすぐそこに俺がいるというのに、あいつは全く俺に気付く様子もなく夢中でそのページを見つめている。
何だか、それが面白くなかった。
俺がこんなに悩んでるのに。どうやってお前に謝ろうかって、ずっと考え込んでるってのに。
まるで、俺だけが必死になってるみたいに思えて、面白くなかった。だからだろうか。まだ鼻歌に夢中になっているあいつに、俺は「おい」なんて強めの口調で声をかけたんだ。
「何、図書室で歌ってんだよ」
「えっ…あ、ごめんなさ」
俺が声をかけた事で、あいつの両肩が大げさなくらいに震える。
まさかとは思うが、もしかして無意識で鼻歌歌ってたんじゃないだろうな…?
そう聞き出すつもりだったが、ここでようやく俺に気付いたのか、あいつは振り向きながら口に出してきた謝罪の言葉を途中で引っ込めて、代わりに「俊一君!」となぜか嬉しそうな声を出した。
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