第62話

そうやって、男らしさの欠片もなく悶々と悩み続けていたら、あの試合の日から実に二週間近くが経ってしまっていた。


 完全に自分から謝りに行くタイミングを逃してしまったという自覚もさる事ながら、あいつの元へ行く手段が俺にはないという事に今更ながら気付いた。


 何度か三年生の教室が連なる南校舎に足を運んでみたが、そもそもあいつのクラスを知らない俺が直接教室に行けるはずもないし、南校舎の廊下は全然知らない年上ののっぺらぼうだらけだ。あいつのクラスはどこですか、なんて聞けるはずもなかった。


 唯一、俺とあいつを辛うじて繋いでいるのは圭太だったが、今回の事を相談していない以上、理由も言わずにあいつを呼び出してもらうのは無理がありすぎる。


 仮に事情を話してみるとしても、きっと圭太の事だ。必要以上に心配してくるだろうし、まるで我が事のように申し訳なさそうにするだろうし、下手すれば俺の代わりに謝ってくるなんて言い出しかねない。


 いくら親友でもそんなケツの拭き方をさせてたまるか、なんて意地を張ってはみるが、かといって、このままでは何もしないも同然だ。


 どうするか…。もういっそ、放課後の生徒会室のドアの前に座り込んで待ち伏せするか…?


 そんな物騒な事を思いついたのは、試合から十五日目の昼休みの事で。その時俺は、昼飯を食べ終えて、北校舎三階にある図書室に向かっていた。


 ドラマやマンガ、アニメを普通に楽しむ事すらできない俺にとって、活字だらけの本を読む事は世の中を知る事ができる数少ない手段だった。


 特に小説は最高だ。


 何をどうする。これがああなる。そういった所作は文字に置き換わる事で、俺の頭の中の不具合を一気に通り抜けてすぐに理解できたし、セリフもしっかり伝わってくる。


 実際に見た事がないから、顔や表情に関する表現だけは想像する事すらできなかったが、それでも俺は小説の世界に没頭する事ができた。


 その日も何か小説の一冊でも借りるつもりで、図書室の中に入った。


 今日は少し古い名作でも借りようか。それが済んだら、一度生徒会室の前に立ち寄ってから教室に戻ろう。


 そう思いながら、図書室の奥に陳列されている文学コーナーに足を向けた時だった。

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