第61話

それから数日、俺は一人で悶々と考え込んでいた。


 今でも、あの時の俺の主張が全部間違ってるとは思えない。どうしようもなくて仕方ない事は、どんな場面にだってある程度起こり得る事だと認めなくちゃいけないんだ。俺の頭の中の不具合みたいに。


 でも、数日考えてみた結果、あいつの言う事にも一理あるかもしれないという気持ちが芽生えてきた。


『努力を重ねて挑もうとしている側からそういう事を言うのって、失礼以外の何物でもない』


 思えば父さんと母さんは、俺の頭の中の不具合が俺自身の生きる妨げにならないようにと、実に様々な努力を重ねてきてくれた。


 田室先生だってずっと俺の担当医でいてくれるし、圭太のサポートがなければ学校生活に馴染む事はできなかった。おじさんとおばさんだってそうだ。ごく普通に…いや、何の裏表もなく接してくれる事で、俺の負担を減らしてくれてるんだ。


 俺は、のっぺらぼうどもと必要以上の関わりを持たなければいいとだけ考えていたけれど、周りにいる皆が支えてくれているから人並みに生活できているんだ。皆のそういう努力があればこそ、頭の中に不具合があっても生きていられるんだ。


 もしも、そんな事も知らない第三者が「そんなの知るか」とか「残念」とか言い出したら、きっと俺はあの時のあいつと同じように怒る。失礼以外の何物でもないと、あいつと同じ言葉をはっきり言うだろう。


「くっそ…!」


 最終的にそう結論付けた時、俺は自分の部屋のベッドで仰向けに寝転んでいた。


 手には読みかけの文庫本を持っていたんだけど、内容はちっとも頭に入ってこなくて、いつの間にか枕元に放り出していた。そんな俺の口から出てきたのは、ものすごく決まりの悪い捨てゼリフ。


『あの女の子に謝ってきなよ?』


 あいつの次に浮かんできた、田室先生の言葉がやけに重くのしかかる。


 今のこのもやもやを晴らすには、もうそれしかないと頭では分かっていても、この間以上に困り果ててしまってたまらなかった。


 自分の顔すらも分からない俺だけど、どんな顔してあいつに謝りに行けばいいのかも分からない。こんな事、とても圭太に相談できなかった。

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