第60話

「…悔しくないのかよ?」


 俺がぽつりと言うと、田室先生がのんきな口調で「何が?」と聞き返してくる。また少し、いらだちが募った。


「準優勝だったのに…」


 俺は言った。


「あと一つ勝ってれば、全国大会に行けたのに」

「それは仕方ないよ」


 田室先生が答える。あいつとのケンカで、何度も出たフレーズをまじえて。


「試合や何かの勝負事ってのは、時の運に左右される事がままある。今回は、あのチームを重要視していなかった俺達の情報不足が敗因だから、ぐうの音も出ないよ」

「そんな事言うなよ。次は絶対に勝てるって!」

「ふふふ…」

「何がおかしいんだよ?」

「いや別に?強いて言うなら…」


 田室先生が緩くブレーキを踏む。ちょうど交差点に差しかかったところだったようで、目の前の信号は赤になっていた。


「さっきの女の子にも、今みたいにしてあげたらよかったのになってね」


 一拍置いて、田室先生が言葉の続きを話す。それを聞いて、俺はハッと気がついてしまった。


 ちょっ…。今の俺、さっきのあいつと立場同じじゃね…?


 俺には周りが全てのっぺらぼうに見えるんだから、あの時のあいつがどんな顔してたかは分からない。


 でも、あの時のあいつの気持ちなら、分かるかも。俺もあいつも、自分が応援しているチームが負ければ、やっぱ悔しいじゃんって…。それを「仕方ない」って簡単に片づけられれば、そりゃ腹も立つだろって話で…。


「俊一君。人様の顔が分からないからって、それを人間不信の言い訳にするのは違うと思うよ」


 エンジンでわずかに振動する狭い車の中、田室先生が振り返りもせずに言った。


「そりゃ、顔が分かればそれに越した事はないけど、君の場合はもっと別の形で周りを信じる事ができる術を持ってるじゃないか。現に俺や圭太君とはうまくやれているだろ」

「……」

「ゆっくりでいいから、一度心を開いてみてごらん。そうしたら、案外のっぺらぼうの国でも生き心地がいいかもしれないよ」

「……」

「まずその第一歩として、あの女の子に謝ってきなよ?」


 信号が青に変わった。


 再び車が発進していく中、俺は田室先生の言葉を頭の中で何度か反芻させ、その上で困り果てた。


 どうやって、あいつに謝れっていうのか…。

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