第59話

「…全く、君って奴は。もう中学生なんだから、女の子相手にあそこまでいがみ合わなくてもいいだろ」


 大会の帰り道、俺は田室先生が運転する車の後部座席でふてくされていた。


 結局、地区予選大会を制したのは、どこからも注目されていなかった初出場の小さな実業団チームであり、田室先生のチームは準優勝、あいつの従兄弟のチームは第四位で終わった。


 従兄弟達が準々決勝で負けたと対戦表を見て分かった時、とても素直に「それ見た事か」「ざまみろ」「身の程を知れ」と思った。それくらい先ほどのケンカのいらだちがまだくすぶっていたし、田室先生のチームの優勝を心底確信していた。


 それなのに、今は別のいらだちが俺の心を占めていて、何も話す気になれない。


 そんな俺を見かねて、田室先生が家まで送ってくれる事になったのだが、車が発進して何秒と経たないうちに田室先生が先の言葉を突然言い出したのだ。


「…は?」


 ついつい、分かりやすくて低い声を出してしまったが、運転席の田室先生は特に気にする様子もなく、前を向いたまま話を続けた。


「さっきのケンカだよ。俊一君の声が聞こえてきたから、最初は圭太君でも連れてきたのかなって思ったら、本当驚いた」

「ああ、あいつの事か。あっちが先にケンカ吹っかけてきたんだよ」

「だからって、買う事はないだろ。相手は女の子なんだから」

「あいにく、俺には関係ないし。そういう意味では平等だね」


 そんな事より、と俺は後部座席の背もたれから背中を少し浮かせて、田室先生の様子を窺ってみた。


 普通の奴ならバックミラー越しに顔を見るんだろうけど、それができない俺は田室先生の肩や背中が震えてないかとか、いつもの野太い声が嗚咽混じりになってやいないかなど、その他で確かめるしかない。


 だが、田室先生はいつもと何も変わらなかった。試合が終わった時、選手の中には悔しさで「チクショー!」と体育館中に響き渡るような大声を出してたのっぺらぼうもいたっていうのに。こっちが拍子抜けするくらい、田室先生は全くいつも通りだった。

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