第57話
「こんにちは。ねえ、どうしてここにいるの?」
あいつが、もう一度同じ言葉を言う。俺はあいつをにらみ続け、少ししてから答えた。
「知り合いが出てるから」
「そうなんだ。私もなの」
そう言って、あいつは俺の隣に並ぶようにして立ち、Bブロックの方のコートに顔を向けた。
学校以外で会うのは初めてだから、当然の事ながら、私服姿のあいつを見たのもこれが初めてだった。
初夏に入ったからか、それともこのムッとする体育館の熱気への対処なのか、薄青色のふんわりとしたチュニックに紺の綿パンといった格好だ。
セーラー服姿しか知らない俺にとって、あの特徴的な声が唯一あいつだと認識できる術であり、それがとても面倒くさかった。
隣の市なら、俺の事を知ってる奴にそう会う事はないだろうと思って油断していた。しかも、あいつに会うなんて全くの想定外だ。
俺は、すぐ隣にいるあいつから数歩離れてみた。
あいつは、Bブロックのコートに釘付けで、俺の動きに気付いた様子はない。よし、このままもっと離れてあいつをまいてやろうと思った時だった。
「…あっ!ほら見て、俊一君!あそこにいるの、私の従兄弟なの!」
ふいに、俺の方にずいっと伸ばされてきた腕。それが俺の薄手のパーカーの袖をしっかりと掴んで引っ張り込み、俺は元いた位置へと連れ戻される。
いきなり何すんだと言ってやりたかったのに、あいつはそんな俺の事など見向きもせず、一人でやたら興奮気味にペラペラと話し始めた。
「ほら!あそこの青い綿シャツ着てる人!がっちりしてて強そうでしょ?今年も地区予選突破してやるんだって、すっごく張り切ってんのよね~」
あいつの腕は俺を掴んだまま離さず、もう片方の空いている腕はBブロックのコートを指差す。その指差した先を見てみれば、確かに青いシャツを着たクマみたいな体格ののっぺらぼうがいて、相手は全身が縮こまっていた。
「ああ、早く試合始まらないかな。お兄ちゃんのチームが優勝したらね、祝賀会に連れてってもらえる約束なのよ」
そう言うと、あいつはよほど楽しみなのか、ふんふんと鼻歌を歌い出す。そのとたん、俺は何だかムカッとした。
おい、誰か忘れてねえか…?
「残念だけど、祝賀会はお預けになると思うぜ?」
俺はAブロックのコートの方を指差して、あいつに言った。
「田室先生のチームが優勝するからな」
俺のその言葉に、あいつがぱっとこちらに振り返ってくる。表情は分からなくても、あいつが少しいらだっているのが何となく分かった。
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