第56話

次の日曜。俺は隣の市にある県立高校の体育館へと一人で向かった。


 一人で隣の市まで出かけるのは初めてで、父さんも母さんも少し不安そうな声をかけてきたけど、田室先生から生き方のメモももらっていたので、何とか周囲ののっぺらぼうどもに道を聞かずにすんだ。


 体育館は靴を脱ぎさえすれば、誰でも自由に観戦する事ができるようで、入り口をくぐればむわっと熱気がこもっていて、それなりの数ののっぺらぼうどもがうようよしていた。


『無理に俺を捜す必要はないからな。入り口にある対戦表で確認して、適当な場所から応援しててくれ』


 確かにこの数だと、どこに田室先生やその後輩達がいるか分からない。さすがに今日ばかりは、いつものバッジも着けてくれていないだろう。


 正直、田室先生との約束なんかバックレる事もできた訳だが、次の定期検診の時に「俺の後輩がどこまで勝ち抜いたか言えるかな?」なんて聞かれたらたまったもんじゃない。そういった面倒くささを回避する為に、俺は入口の脇にでかでかと貼り付けられてあった対戦表を見に行った。






 田室先生が率いる大学チームは、Aブロックの対戦表に名を連ねてあった。


 AからDの四つのブロックに分けられた予選リーグを勝ち抜いてから、本戦のトーナメントに進むといった感じであり、Aブロックには田室先生のチームの他に三つも敵がいた。


 ロフトの東側に回って、Aブロックのチーム達が集まっているコートを見下ろす。とは言っても、どいつもこいつもがっちりとした体格のいいのっぺらぼうばかりで、どれが田室先生の後輩達なんだかさっぱり分からない。


 全く。田室先生も俺が来てるんだって分かってるんなら、こっちを向いてひと声かけてくれたっていいだろうがよ…。


 そう思った瞬間だった。


「…あれ?俊一君じゃない。何でここにいるの?」


 ちょっと待て。俺が今聞きたいのは、こんな凛とした涼やかな声じゃない。腕と同じくらい野太い田室先生の声だ。


 それなのに、何でと思いながら、俺は反射的にその声が聞こえてきた方向を見やる。すると、すぐ目の前に一人ののっぺらぼうが――あいつがいた。


「ははっ。やっぱり俊一君だ」


 何がおかしいのか、あいつは笑い声をあげながら、ゆっくりと俺に近付いてくる。相変わらず足を引きずるような歩き方をしていた。


「ねえ、どうしてここにいるの?」


 それはこっちのセリフだ。あと、何だよ俊一君って。なれなれしいな、お前。


 そう言ってやりたかったが、コートの下から田室先生のチームの名前が呼ばれたのが聞こえてきたので、俺は何も言えずにただあいつをにらみつける事しかできなかった。

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