第51話
放課後。俺は一人、自分の教室に居残っていた。
帰りのホームルームが終わったら、そのまま圭太を迎えに行くつもりだった。だが、いざチャイムが鳴って教室を一歩出たところ、すぐ目の前で俺に両手を合わせて頭を下げているのっぺらぼうがいてびっくりした。
「ごめん、垣谷君!」
そいつが圭太の声でそう言わなかったら、俺はすぐに手を伸ばして「どけ」と突き飛ばしていたかもしれない。圭太で良かった。
「圭太?どうしたんだよ?」
「今日の日誌、先生に渡すのを忘れちゃってて…。職員室まで届けてくるから、教室で待ってて。本当、すぐに戻ってくるから!」
そう言う圭太の脇には、確かにクラス日誌用の冊子が挟まれている。別にそんなの、その辺ののっぺらぼうにでも頼んでおけばいいのに、クラス委員というものは面倒なものなんだなと思った。
俺が「分かった」と短く答えると、圭太はよほど申し訳なく思ってくれていたのか、何度も「ごめんね」と繰り返しながら廊下の奥へと駆けて行った。
この学校の職員室は、俺や圭太の教室よりだいぶ離れている。小走りで行ったとしても、往復で五分以上はかかるだろうか。
穏やかな性格の圭太の事だ。たぶん、日誌を渡すだけじゃ終わらなくて、担任といくつか会話も交わしてくるだろう。
十分くらいは待つ事になるだろうと思った俺は、扉の所まで進ませていた身体をくるりと反転させて、自分の席へと戻る。クラスメイトのののっぺらぼうどもは、俺を振り返る様子もなく、部活や帰路へと向かっていった。
何分と経たずに、教室は俺を残してしんと静まり返った。
途端に、何だか不思議な感覚に陥る。ついさっきまで、ここにはたくさんののっぺらぼうどもがいて、ワイワイうるさかったというのに。それが今では、まるで別の空間にでもなったかのように静かだ。
教室の中の空気が落ち着きを取り戻して、静かに凪いでいる。
窓の向こうに移るグラウンドから、野球部やサッカー部ののっぺらぼうどもが声を掛け合っているのが聞こえてくるが、窓ガラスがフィルターにでもなっているかのように、あまり気にならない。空気は凪いだままだ。
不思議な感覚は、やがてぜいたくな気分になった。まるで誰も立ち入れないような特別な場所を、俺だけが独り占めできているような感じだ。圭太が戻ってくるまでのほんのひと時、それを味わうのも悪くないと思った。
ふいに、あいつの声がこの教室の中で響くように聞こえてくるまでは。
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