第49話

圭太と次に会えたのは、その日の昼休みだった。


 俺があいつと諍いを起こしたせいで、圭太に迷惑をかけた。その事だけはすぐに謝ろうと思っていたのだが、この日の授業は四時間目まで、やれ体育だの生物室への移動だのと行き違いばかりで、どうにも会う事ができなかった。


 昼休みになって、ようやく圭太のクラスに足を運ぶ事はできたのだが、ごちゃごちゃと学ランやセーラー服を纏ったのっぺらぼう達が多すぎて、なかなか黄色の防犯ワッペンを見つけられなかった。


 圭太は弁当派だ。だから大抵は、教室で食べていると言っていたのに…。


 何とか圭太を見つけ出そうと教室の扉の所できょろきょろしていたら、ふいに背後から肩をポンと叩かれた。


「垣谷君、どうしたの?」


 聞きたかった奴の声が聞こえて、ほっとした俺は勢いよく後ろを振り返る。そこには、学ランの右腕に黄色の防犯ワッペンを着けてくれているのっぺらぼうがいた。


「圭太!よかった、どこに行ったのかと…」

「うっかり水筒を持ってくるのを忘れちゃってさあ。売店まで行ってたところ」


 そう答えて、圭太は左手に持っていた小さな紙パックを掲げる。乳酸菌入りの甘いジュースだった。


「あ、垣谷君また焼きそばパン?ダメだよ、もっとちゃんとしたお昼食べないと」


 圭太が俺の右手が持っているビニール袋に気付いたようで、やれやれと首を軽く横に振っているのが見えた。


 確かにこのビニール袋の中には、焼きそばパンが入っている。うちの近所にあるコンビニで売っている人気ナンバーワンのもので、あまりにもうまいから週に何回かは食べている。もちろん、何もなければ今日の昼に食べるつもりだった。


 俺はビニール袋ごと、焼きそばパンを圭太にずいっと差し出した。圭太の身体がうさぎみたいにぴょんっと跳ねた。


「え、何…?」

「これやるよ。今朝は悪かったな、ウザい説教に付き合わせて」


 最初は訳が分からないといった具合に首をかしげていた圭太だったが、俺がそう言った途端、「ああ~…」と納得したような声を出した。


「そんなのいいよ。僕が校則遵守期間だったのを忘れて油断してたせいだし…。逆に僕が謝んなきゃだよ」

「……」

「まあ、立ち話も何だし、どっか行ってお昼一緒に食べようよ。どこ行こうか?」


 そう言って、圭太は俺の腕を掴んで廊下を早足で歩き出す。と、同時に、圭太のクラスのどこかからこんな話し声が聞こえてきた。


「ねえ、桐生君と一緒にいるのって友達かな?目つき超ヤバいんだけど~」

「桐生君も友達選べばいいのにねぇ~」


 後から考えてみれば、圭太はきっと俺より早くこの会話に気付いていたんだろう。


 だが、教室を離れたのは自分の為なのか俺の為だったのかは、今でも分からない。聞いてないし、聞く必要がないと思っていた。

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