第46話

「あっ!垣谷君ごめん、大丈夫!?」


 圭太の慌てるような声が聞こえる。幸い、道路といってもまだ歩道に近いし、この時間は通学路だという配慮から、車の往来は制限されているので、特に怪我をするとかいう事はなかった。


 だが、俺はふつふつと沸いてくるものをを抑える事ができなかった。それは自転車のバランスを崩した圭太にではなく、いきなり声をかけてきたどこぞののっぺらぼうにだった。


「…あれ、あなた桐生君じゃない?」


 ほら、また聞こえた。俺はその涼やかな声を頼りに顔をキョロキョロと動かす。すると、黄色い自転車のすぐ側に立っていた圭太が、セーラー服を着たのっぺらぼうと向かい合って話をしていた。


「桐生君、何で君みたいな真面目な子が二人乗りなんかしてるの?まさか、無理矢理やらされてるとかじゃないわよね?」

「えっ、いや…。僕達はそんなんじゃなくてっ…」


 セーラー服ののっぺらぼうがずいっと上半身を突き出して、圭太を質問責めにしている。圭太は俺の事をうまく説明できずに、しどろもどろで言葉を詰まらせていた。


「とにかく校則違反だし、それ以前に交通法違反だからね。後で職員室に来てもらうから、まずはこの紙に名前を…」

「おい。ちょっと待てよ、お前」


 俺は、圭太に向かって何やら一枚の紙切れを差し出してきたそのセーラー服ののっぺらぼうに低い声をかけた。何だか猛烈に、こののっぺらぼうに腹を立てたのだ。


「圭太に何やらせようとしてんだよ。今すぐ圭太から離れろ!」


 俺の脳裏には、小学校時代のあの日の事が蘇ってきていた。


 俺と仲良くなろうとしたばっかりに、クラスののっぺらぼうどもに突き飛ばされて。そして、それでも庇おうとしてくれた圭太に、俺は怪我をさせた…。


 だから、今度は俺の番なんだと、俺はセーラー服ののっぺらぼうをにらみつけた。


「何をするって…決まってるでしょ?反省文を書いてもらうの」


 セーラー服ののっぺらぼうが、右手に持っていた紙切れの束を少し掲げてみせた。


「あなた、知らないの?今は校則遵守期間中よ。期間中は、私達生徒会と風紀委員会が交代でチェックをするの」

「だから、何?」

「何って…二人乗りでの登校は校則違反です。あなたにも反省文を書いてもらうから、まずはここに名前を」

「嫌だね!圭太にも書かせない!のっぺらぼうが偉そうに命令してくんな!」


 ムカつく。腹が立つ。俺を理解してくれる圭太を困らせている、こののっぺらぼうが。


 俺は、セーラー服ののっぺらぼうが持っていた紙切れを思いきり払いのけた。それは、まるで桜の花が散っていった時のように、いっせいに道路の方へと舞い上がっていって、校門に向かおうとしていた他ののっぺらぼう達の視界を一瞬奪っていく。「ああっ…」と焦る圭太の声も聞こえたような気がする。


 だが、俺とセーラー服ののっぺらぼうは指導係の先生達が来るまで、ずっと互いをにらみ続けていた。

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