第45話

小学校の時と違って、大したトラブルもなく始まった中学校生活。その中で、まあ困る事があるとするならば、学校中どこを向いても同じ格好ののっぺらぼうだらけだという事だ。


 小学校の時はどののっぺらぼうも別々の私服だったから、その服のセンスや特徴を覚えて区別する事ができたし、最悪覚える事ができなくても名札を見れば事なきを得た。


 しかし、中学生になって学ランに袖を通すのは俺や圭太だけではないという当たり前の事をどこか失念していて、おまけに名札という最終手段もない訳だから、文字通り誰が誰なのかさっぱり分からない。


 声や仕草、歩き方に至るまで細かく観察して、最後にど忘れしたようなふりをして名前を聞き出し、そこでようやくどののっぺらぼうがこういう名前の奴なんだと理解に至るんだ。


 子供の頃からのそういう特訓がようやく活き出してきたというのに、五月に差しかかる頃には何故か疲れてしょうがなくなっていた。






 あれは、確か通学路にある桜の木がすっかり新緑色の葉を枝中に広げ切っていた、よく晴れた日の朝の事だった。


 俺はいつもそうしているように、通学路の途中で待ち合わせた圭太の黄色い自転車の荷台に腰かけ、相変わらず圭太に運転させていた。


 最初はゆっくりとしたペースでペダルをこいでいた圭太だったが、一ヵ月も続ければすっかり慣れてしまったのか、調子のいい時などはふんふんと鼻歌混じりで俺の送迎を楽しんでいるかのように見えた。


 俺がどの部活にも入らないと言ったら、圭太は「じゃあ、僕も帰宅部になるよ」と言って、帰りも自転車に乗せてくれるようになり、俺はすっかり安心しきっていた。


 例えクラスは違っていても、俺をきちんと理解してくれる唯一の親友がこうして側にいてくれる。こののっぺらぼうだらけの世界で、両親や田室先生以外で信頼できるたった一人の「人間」だ――。


 そんな感傷に浸りながら、初夏の風を頬に感じていた時だった。


 ピピーッ!!


「…こら!そこの一年生二人、止まりなさい!」


 校門まであと十メートルを切ったところで、突然鳴り響いたホイッスルの音。その直後にどこかで覚えのある凛とした涼やかな声が降って届いてきた。


「えっ…!?わっ、ととと!」


 ホイッスルとその声によほど驚いたのか、圭太が思わず自転車の急ブレーキをかける。ふいにそんな事をされて、身構える準備もしていなかった俺は、少しバランスを崩した自転車の荷台から飛び下りるような感じで校門の前の道路に放り出された。

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