第44話

だが、その事を田室先生に話してやったら、「それはダメだろ」ときっぱり全否定された。


「何で?」


 俺は、いかにも分かりやすく不機嫌そうな声を出して田室先生をにらむ。田室先生は相変わらず俺の主治医をしてくれていたが、つい先日、あれだけ誇っていたアームレスリングをやめてしまっていた。


 俺の「何で?」という問いに、田室先生はトレーニングもやめてしまってもまだ野太い両腕を組んで、ふうっと長い息を吐いてから答えた。


「皆、新しい環境に入ったばかりで不安だったんだろう。だから、一人でも同じ不安を分かち合える仲間が欲しかったんだと思うよ。それを『ガキくさい』と一蹴するのは、ね…」

「何で?誰かと一緒じゃなきゃ嫌だなんて、ガキくさい以外の何物でもないじゃん」

「俊一君だって、桐生君と同じクラスでなくて残念だったろ」

「圭太とあいつらを一緒にしないでよ。圭太は特別だから」


 田室先生はこれでも俺の事を気遣って、だいぶオブラートに包んで話をしてくれている。だから、俺も田室先生限定にはなるが、少しは言葉の内容を噛み砕いて考える事ができるようになった。


 要するに、あいつらは寂しかったんだと話したいんだ。それでいて、俺に頼ってきていたんだよって諭したいんだろう。


 でも、だからって、そんなのを俺と圭太の関係性と一緒くたにされては困る。圭太は寂しいから俺と一緒にいてくれている訳じゃないし、俺だって圭太といるのはそんな女々しい感情からじゃない。


「田室先生だって嫌だろ」


 彼がどんな表情をしているか分からない俺は、何の遠慮もなしについっと手を挙げて、ガッチリと組んだままの野太い腕を指差した。


「アームレスリング引退してもまだ後輩の指導やってんのは、実は未練たらたらだからだって言われんの。アームレスリングにすがっていたいんだって言われんの嫌だろ」

「それは、確かにそうだな…」

「俺もそうだよ。だから、親友は圭太だけでいいよ」


 小学校時代、圭太以外ののっぺらぼうどもは誰も俺の頭の中の不具合を正しく理解してくれなかった。


 この先も、きっとそんな奴は現れない。むしろ逆に、これからは知らないでいてくれる方がいい。そうすれば、とりあえず付かず離れずの「普通」として、日常の中に紛れ込む事ができる。


 それでいいじゃんと田室先生に言い放てば、彼はまた深く息を吐いた。どんな顔をしているのかは分からなかった。

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