第39話

俺と圭太は、同じ市立の中学に入学した。


 家が正反対の方角で学区もギリギリの位置だったから、もしかしたらという不安があったものの、制服専門の服飾店で偶然圭太やおばさんと鉢合わせした時はどれだけ嬉しかったか――。


「中学でもうちの俊一がお世話になります」

「嫌だよ、奥さん。そんなにかしこまらないで、私と奥さんの仲じゃないの。うちの方こそ、ヘタレの圭太がお世話になります」


 店員に寸法を測ってもらっている俺と圭太の後ろから、母さんとおばさんの話し声が響いてくる。おばさんは相変わらず豪快に笑っていた。


 中学校指定の学ランに初めて袖を通したのは、入学式の前日の晩だった。


 すぐに身体が大きくなるからと、サイズの大きな物を注文されたのだが、何だか全身にゴワゴワとした感触が伸し掛かってきて着心地があまりよくなかった。今頃圭太もこんな窮屈な思いをしているのだろうかと思っていたら、残業で遅くなっていた父さんが帰ってきた。


「ただいま、俊一。学ラン届いたのか、よく似合ってるな」

「そうかな。まあ、ありがとう」


 姿見の前で確認してみるものの、俺の頭の中の不具合は俺自身にも作用している為、実際似合っているかなど、自分では到底判断がつかない。でも、父さんがそう言うんだからきっと嘘ではないのだろう。


 もうそろそろ明日に備えておくかと、俺が学ランを脱ごうとした時だった。ふいに、父さんが「本当によかったのか?」と尋ねてきた。


「お前の事、小学校の申し送りだけに任せておいて。よかったら、明日にでも母さんと二人で詳しく話そうか?」


 父さんは――いや、父さんと母さんの二人は、新しい環境に入ろうとする俺の身をひどく心配してくれていた。


 小学校の入学式の時みたいになりはしないか。いろんな所で予測もつかないトラブルに巻き込まれはしないだろうか。誰かとひどいケンカになって、ケガをしたりさせたりしないだろうか――。


 考えだしたらキリがない事だが、それでも父さんと母さんは周囲に俺を理解してもらいたいと願っていた。誰も彼もという訳にはいかないだろうが、圭太のような奴がもっと増えてほしいと願っていたんだと思う。


「…もういいよ。そういうのしてくれなくても」


 部屋の片隅でぽつんと佇んでいるような父さんを、俺は肩越しに振り返って言った。


「いくら説明したって、分かってくれない奴もいるんだってさんざん小学校で学んだじゃん」

「いや、しかし」

「大丈夫、俺には圭太がいるし。それに普通に過ごしていれば、俺はどこにでもいる普通の中坊だよ」


 そう。のっぺらぼうのやる事為す事に、いちいちムダな反応さえしなければいい。


 そうする事が、俺の頭の中の不具合に対する対策方法だとやっと気付く事ができた。

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