第37話
うちの小学校は不平等をなくすという意味合いをこめて、卒業式の卒業証書授与の際には、生徒の名前を一人ずつ呼んで壇上に上がらせるというスタンスを取っていた。
そのおかげで時間がやたらかかるし、BGMとして壇上の端に置かれたピアノの演奏は同じ曲のエンドレスリピートでつまらなく、俺は何度体育館から逃げ出したくなったか分かりゃしない。
それでも何とか我慢して、ようやく圭太の背中が動いた時はほっとした。本来は、出席番号が早い俺が先に立つのだが、俺のサポートをしているという名目の下、圭太が俺の前に卒業証書を受け取る段取りになっていた。
「大丈夫だからね」
名前を呼ばれる直前、圭太が肩越しにちらりと振り返って俺にそう言った。この時ほど、俺はこいつの顔が見れない事を残念に思った事はない。
俺は、圭太の背中の防犯ワッペンを目印に、その動きをじっと観察した。
壇上の中心に向かってまっすぐ歩き、そこで待っている校長の正面に立って一礼する。そして「卒業おめでとう」と言いながら卒業証書を差し出してくる校長に、まずは右腕を伸ばして受け取り、左腕は後から添えるようにして…。
よし、覚えた。壇上を降りていく圭太の背中を見送りながら、俺は校長の方へと顔を向けた。後は、ただ圭太のやった通りにするだけ。そう思った時だった。
「垣谷俊一君」と担任が俺の名前を呼んだまさにその瞬間、それまでつつがないほど順調に体育館に流れ続けていたピアノの演奏が突然止まったのだ。
いや、止まっただけならまだしも、ひどく乱れた。素人の耳でも分かるくらいテンポが乱れた挙げ句、思いきり音も外れた。
「あっ…!」
ピアノを演奏していた奴にとっても、これは全く予期していなかったアクシデントとでも言うべきなのか。ひどく焦ったような声が聞こえてきた。
体育館中が、ほんの少しの間、気まずい空気に支配される。厳かで真面目な雰囲気で進められていた卒業式のそれじゃない。
だが、頭の中に不具合を持っている俺はそんなものを微塵も感じ取る事ができなかった。いきなり演奏が止まった、ピアノの奴が失敗した。その事実だけしか頭になく、考えるよりも先に言葉が出ていた。
「ヘタクソ」
思っていたよりも大きな声が出た。でも、ピアノの奴はこちらに何も言い返す事なく、十秒もしないうちに再び演奏を始めた。
まるで何事もなかったかのように演奏が始まったので、俺は自分の言った事などすぐに忘れた。でも、圭太の真似をして卒業証書を受け取って席に戻ったら「ダメでしょ、中学のお姉さんにあんな事言っちゃ」と当の本人に小声で怒られた。
後で知ったのだが、俺達の卒業式には近くの中学校からも何人か来賓が来ていたらしい。そのうちの一人が、ピアノを演奏してくれてた奴で――あいつだった。
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