第32話

それからしばらくして、俺と圭太は一緒に学校に行くようになった。


 一緒にとはいっても、お互いの家は正反対の方向にある訳だから、学校の校門の前で朝八時に待ち合わせてそのまま校舎の中に入るといった感じだ。


 最初にそうしようと言い出したのは、圭太の方だった。俺が怪我させた事を謝ったら、その返事がそれだったんだ。


「僕の怪我が治ったらそうしようよ、いいでしょ垣谷君?」


 あまりに何回も「いいでしょ?」を繰り返すし、母さんも「よかったわね、俊一。圭太君もそうしてくれるかしら?」なんて言うものだから、俺は口の中のシューマイを飲み込むのと同時に頷いてしまった。


 圭太の怪我は数日で痛みも腫れも引き、包帯も必要となくなった日がその最初の一日目となったが、先に校門の前に辿り着いた俺は正直不安だった。


 当然の事だが、小学校にはたくさんの子供が通ってくる。その中で、メガネをかけているのは圭太一人だけじゃない。


 圭太の縁やレンズが分厚いメガネは覚えてきたものの、それが圭太自身をきちんと見分けられる決定的な要素になるかといえば少し心許ないのだ。


 メガネをかけたのっぺらぼうが何人か俺の横をすり抜けて校門の向こうへと行くのを見るたび、不安は少しずつ募った。本当はあの中の誰かが圭太で、やっぱり俺と一緒にいたくなくて無視していったのだとしても、俺にはそれを見極める事も咎める事もできない。


 だから、いつものように「垣谷君!」という圭太の明るい声が前方から聞こえてきた時は、どれだけほっとした事か――。


「おはよう、遅れちゃってごめんね。父ちゃんと母ちゃんが朝っぱらからまたケンカして、仲直りさせるのに苦労してたから…」


 そう言って、えへへと笑いながら右手で照れ臭そうに頭を掻く圭太。その右腕には、太陽の光を反射してビカビカと黄色の蛍光色を放つ防犯ワッペンが巻き付けられてあった。


「…お前、何着けてんだよ?」


 しかし、それが防犯ワッペンだと知らなかった俺は、生まれて初めて見る物に対して、何の遠慮もなく指を指して尋ねた。すると圭太は、またえへへと笑いながらこう言ってくれた。


「これはね、魔法のワッペンだよ。垣谷君がひと目で僕を見つけてくれる魔法のワッペン!」

「え…」

「ほら、メガネだけだとこの間みたいに落としちゃったりしたら分かんなくなるんでしょ?これなら、ずっと服の袖に巻き付けておくから、絶対大丈夫だよ!」


 嬉しかった。両親と田室先生以外に、きちんと俺の頭の中の不具合を理解して、行動してくれたのっぺらぼうは圭太達が初めてだったから。


 ちなみに、この日のおじさんとおばさんのケンカの原因は、防犯ワッペンの色を緑にするか黄色にするか――だったそうだ。結果は言わずもがな、おばさんの勝利だ。

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