第31話

「…あ~はっはっは!何、そんな事で謝りに来てくれたの?垣谷さんだっけ、あんたなかなか律儀だねぇ!」


 十数分後。店のカウンター席に座った俺と母さんが同時に頭を下げると、圭太の母親だと名乗った太ったのっぺらぼうが豪快な笑い声を立てた。


 そんな反応が返ってくるとは思わなかったに違いない母さんは、下げていた頭をぱっと持ち上げて前を見る。すると、太ったのっぺらぼう…じゃなくて、圭太の母親――おばさんは、カウンターの内側から手を伸ばしてきて、母さんの肩をポンポンと叩いた。


「確かに学校から呼び出しはあったけど、すっぽかしちまったよ。店の仕込みもあったし、そんな事よりもダンナへの説教の方が重要だったからさ」

「そんな事って…大事なお子さんに怪我をさせてしまったのに」

「たかが子供同士のケンカで、しかも怪我と呼ぶには大げさなくらいじゃないか。その程度で親がしゃしゃり出るのもどうかと思うけどね」

「でも、桐生さん…」

「いいからいいから。これは持って帰ってちょうだいよ?湿布代にしては多すぎるから」


 母さんは手に持っていた大きな包み箱と一緒に、一枚の封筒もおばさんに差し出していた。でも、おばさんは包み箱は受け取ってくれたものの、封筒はすぐに母さんに突き返した。


「子供なんて、ほっといても怪我するもんさ。一生後遺症が残るものでもない限り、うちはとやかく言うつもりはないから安心してよ。ところで、あんたが俊一君かい?」


 気風のいい声で母さんにそう告げると、おばさんは今度は俺に向き直った。


 さすがに怪我をさせた当人である俺にはそれなりに怒ったり注意したりするだろうと身体を固くさせていたが、おばさんは全くそんな様子を見せないどころか、「いつも圭太が世話になってるね」と優しく言ってくれた。


「うちの圭太はダンナに似て、優しいんだけどダメダメな所が多くてさ。保育園の頃はしょっちゅう泣かされっぱなしで、友達が一人もいなかったんだよ。でもね、俊一君と出会えてあの子変わったんだよ」

「え…」

「あんたの事は圭太に聞いて知ってるよ。毎日、楽しそうにあんたの話をしてくるから。そんな事、今までなかったんだよね」

「……」

「どんな感じの子かなって思っていろいろ想像してたけど、何だい。どこにでもいる普通の子じゃないか。おばさんやおじさんはいつもこの服着てるから、これで覚えてくれるかな?」


 そう言って、おばさんはカウンターの中でくるりと一回回ってみせる。油汚れで少し黄ばんだ白い割烹着を着ていた。


「そうそう、おじさんの事もよろしくな!あ、これはおみやげのお礼なんで食ってって下さい」


 そう言った痩せ型ののっぺらぼう――おじさんは、同じように汚れた白いコック服を身に着けていて、できたばかりのシューマイを差し出してくれた。


 そのシューマイの匂いに釣られたのか、勝手口の方から圭太がゆっくりと顔を出してきたのは数分後の事だ。圭太の左足には包帯が巻かれていた。


「わあ!垣谷君、遊びに来てくれたの?」


 それなのに、圭太はものすごく嬉しそうな声を出し、母さんが持ってきた包み箱の中身のお菓子を大事そうに食べてくれた。

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