第28話

「先生のバカ力で掴まれたら、痛いの当たり前じゃん」

「そうだろそうだろ。それじゃあ、椅子を投げ付けられたらもっと痛いのは分かるかい?」


 田室先生がゆっくりと俺の頭から手を離す。とたんにそれまでの痛みは鈍くなって、やがて完全に消え去ってしまったのだが、代わりに俺の心はずしりと重くなった。


 そうだ。あの時、怒りに任せて掴んだのは椅子だった。


 脚の先には穴を開けた古いテニスボールを差しこんでクッション代わりにしているけど、それ以外の部分は堅い鉄と木だ。そんな物を投げ付ければどうなるかなんて、言われなくても分かっている。


 でも、俺はそれを他人の表情や様子を介して察する事ができない。今の田室先生みたいに、言葉や行動を織り交ぜて説明してくれれば頭に入るのに、椅子を振り上げた時の俺を見るのっぺらぼう達の顔を見て、どういう事になるのかを想像する事ができなかった。


「確かに、俊一君の事をバカだと一方的に決めつけたクラスの子達はひどい。俊一君を理解しているふりをして、本当はまだあまりよく分かっていないニブチン先生の言動にも問題はある」


 でもね、と田室先生は、今度は優しく俺の頭をそっと撫でてきた。


「どんな理由があれ、椅子を投げ付けようとした俊一君は卑怯だ。ケンカをするなら言葉だけにするか、何発かのパンチくらいじゃないと。しかもその結果、友達に怪我をさせたんだから、やっぱり一番悪いのは俊一君だよ」

「……」

「せっかくできた友達だ。大事にしなくちゃな?」


 友達…本当に、そうなんだろうか。


 確かに、圭太はどれだけ必死かと思うくらい、俺と仲良くなろうとしていた。でも、俺はそれをことごとく無視した挙げ句に、椅子を投げ付けて怪我をさせてしまった。


 足を引きずっていたくらいだ。もしかしたら、血が出ていたんじゃないか。骨も折れてしまったんじゃないか。そんな仕打ちをした奴となんか、もう友達になりたいとは思ってくれないんじゃないか…。


 そう思ったら、勝手に背中のあたりが冷たくなってブルリと震えてしまった。それを見たのか、田室先生はまた俺の頭を撫でながら言った。


「お昼、まだ食べてないだろ?食堂でおごるよ」

「え…」

「食べたらうちまで送るから、その後、謝りに行っておいで。大丈夫、きっと許してくれるよ」


 友達なんだから、と最後にそう締めくくって、田室先生は俺を大学病院の食堂まで連れていってくれた。日替わりB定食は、すごくうまかった。

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