第26話
「ダメだよ、垣谷君!」
ふいに、俺の真横からそんな声が聞こえてきて、同時に俺の両腕はがしりと掴まれた。
…何だ何だ!?何が起こった!?
びっくりして振り返ると、そこにはまた一人ののっぺらぼうがいた。聞き覚えのある甲高い声をしていたけど、メガネをかけていなかった。
「誰だよ、お前!手ぇ離せよ!」
「僕だよ、垣谷君!とにかく落ち着いて、ケンカはダメだよ!」
そいつは俺が持っている物を取り上げようとしているのか、やたらぐいぐいと俺の両腕を引っ張ってくる。
きっとこいつも、あのちびのっぺらぼうの仲間だ。うっとうしい、邪魔だ。
そう思った俺は、力づくでそいつから離れると、持っていた物をそいつに向かって投げつけた。
…ガンッ!
投げ付けた物が床で跳ね返って、そいつの足に当たった。すぐにそいつの「痛いっ」という声が聞こえてきたが、俺は呆然とそれを見守っていたちびのっぺらぼう達をにらむのに忙しくて、全く意に介してなかった。
「誰がバカか、もっぺん言ってみろ!」
こいつらが訂正するまで、何度でも投げ付けてやるつもりで、代わりの物を右手に掴む。また女子の「きゃあ!」という悲鳴が聞こえてきた。
先ほどの勢いをすっかりなくしてしまったちびのっぺらぼう達は、俺の方を見て小刻みに震えているだけだった。寒くもないのに、何でそんなに震えているのか分からなかったけど、謝るつもりがないのならと、俺はもう一度腕を振り上げた時だった。
「ダメだってば、垣谷君!椅子は投げ付ける物じゃなくて、座る為にあるんだよ!」
また聞こえてきた、甲高い声。イライラしながら振り返ってみると、さっきののっぺらぼうが床に落ちていたメガネをかけているところだった。
「えっ…?」
あの縁とレンズの分厚いメガネは、このクラスじゃ圭太しかかけていない。でも、さっきはかけていなかった。だから、圭太じゃない。きっと声が似ているだけの別ののっぺらぼうだと思っていたのに。
「な、何で…」
混乱しそうになりながら、やっとそれだけ呟けば、そいつは「そっか…」とどこか納得したような声色で言った。
「突き飛ばされた時、メガネが外れちゃってさ。だから僕だって分からなかったんだね。とにかく椅子は投げちゃダメだよ、垣谷君」
そいつは――圭太は、足を少し引きずりながら俺に近付いてくる。ニブチンが教室に入ってきたのはそのすぐ後で、俺はこの時初めて、圭太に怪我をさせたのだと気付いた。
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